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キオクノート#8 慢心

「フランスいってたってたいしたことないな」

就職が決まり、出勤していきなりの洗礼いや鉄槌。

鳩をさばけるかとシェフに聞かれ、むしろフランスでは得意だったとその作業を引き継ぎ、もちろんきれいにさばいてシェフに戻す、シェフは火加減を匠に調節しながら焼き上げていく、さらにさばいてソースを作る段階になったときだった。

「ガラと内臓ちょうだい」

シェフの一言でぼくは固まった。

フランス料理ではその素材の骨や筋からソースのベースとなる旨味を抽出してソースにすることは基本中の基本。

ところがぼくは、あろうことかそれを両方ゴミ箱に捨ててしまっていたんですね。

シェフのさばけるか?に対してさばけばよいのだということだけが頭に記録されそれだけをこなした、という、まさに仕事ではなく作業をこなしただけ。

基本を知っていたはずなのにすっかりそこが抜け落ちて、自慢のさばきを見てもらおう、それだけ。

完全なる慢心、ただのフランスかぶれ。

で、冒頭のセリフ、この出来事でぼくのこの職場でのポジションはもう決まってしまった、たいしたことないフランスかぶれの頭でっかち。

「考えが甘いねん!」「こんなんもできんの?!」などなど、今でこそ厨房で怒号が飛び交うなんてのはパワハラだなんだと問題になりかねないが当時はどこもそうで、当然のように物理的なここには書けないひどい仕打ちを受けたことは何度となくある。

だけど、最初の自分のミスがそんなひどい毎日も肯定してしまうような心理状況だったんだと思う。

「挽回しよう、次言われたら絶対に失敗しない。」

そんな心境。

厳しい仕事場だったが、その生み出される料理たちは下っ端のぼくには充分すぎるほど魅力的で、VIPがいらしたときのオーナーシェフの料理なんて、今ではおおよそ見なくなったしっかりしたクラッシックの土台に支えられた神戸らしい最高のフランス料理だった。

そのたびにワクワクし、怒られながらも補助をして、こっそり味見してを繰り返して体で料理を覚えていった。

そして半年以上が過ぎた頃、ぼくはホール係に移動になった。

ホールの仕事といえば、あのあこがれの王様のレストランのギャルソンの世界なのだが、この店で一番厳しい先輩がいるのもこのホール、正直ついにこの日が来たかと覚悟を決めて神戸でのエピソード2が始まる。

このキオクノートを書き始めたきっかけの話はコチラ↓


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羽山智基
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