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キオクノート#9 準備の時間

ホールの仕事の毎日はこんな具合。

出勤してまずはすべての電源スイッチを入れ、先輩たちがスムーズに仕事にとりかかれるように準備をする。

次に掃除、テーブルはクロスがはがされてアンダークロスだけの姿、テーブルに残っていないかパンくずなどのこまかいゴミをチェックしつつ歪みやほつれをみる、掃除機を全体にかける。

予約帳をチェック、ランチの組数、人数を確認後テーブル配置。

テーブルクロスを各卓にまき、きれいに敷いていく、そして食器のセッティング。

そのころにはシェフも到着し、朝いちのカフェオレを作って渡す、今日は牛乳が多いなどなど一回もおいしいと言ってもらった記憶はないけれど。

軽くミーティングがあり、メニュー確認、お客様の好みや注意事項確認、そして観光地らしい怒涛のランチタイムがスタートする。

お昼のすべてのお客様がお帰りになると、ホールスタッフは賄いタイムとなる。

キッチンスタッフはメインまで出し終えるとデザート担当以外はまかないを作り出すので、ホールの僕たちが食べる頃にはもう休憩に入っていて一緒に食べることは少なかった。

休憩が終われば前述のお昼の準備の繰り返し。

ディナータイムはもちろんランチタイムよりゆっくりと進み、すべて終わって下っ端のぼくが店を出れるのは日が変わるころ。

もうおわかりだろうが、ぼくたちの労働時間は法定時間よりかなり長い。

休憩時間がとれない場合もあるし、仕込みが多ければ朝早く出勤することもある。

あこがれのドラマで観たギャルソンの仕事は全労働時間の数%でしかなく、果てしない「準備」という仕事がそれを支えているのだということをこの時に知ったのでした。

先輩たちの仕事はまさにあこがれのギャルソンに近い存在であり、感動や笑いや発見の空間をお客様とつくりあげていた。

さりげなさや気遣い、時には大げさなくらいのサプライズ、引くときは引くあの距離感。

それをぼくも真似しようと近くでみていたけれど、結果としてぼくはサービス技術はさほど身につかず、半年ほどでキッチンに戻されてしまった。

今でも思う、あの頃から沢山のお店やサービスを見てきたけれど、サービスには絶対向き不向きがあると。

なので、自分にないスキルのあるサービスマンは先輩後輩関係なく尊敬しています。

お店の中で一番優しく、一番厳しいのがサービスの先輩だったことは今の僕にとってプラスになっているのは確かで、当時はそんなもんだった、というしかないのだが、暴力もいじめに近いことも、理不尽な事だらけの毎日だった、今なら本当にありえないのだけど。

それを耐えてきたから今が云々ではなく、心構えや覚悟という部分で鍛えられたのが今でも体に染み付いてるんだなぁと実感します。

それに加えて、「掃除は上から」とか「窓拭きは跡が残らないように」とか「掃除機は四角くかける」とか一般常識もほとんど知らない若造がそれを学んだのもこの仕事なんですね。

手紙や領収書の書き方、あいさつ、話し方、思い出しても今のぼくを作っている大人の部分はこの時に形づいたと言っても過言ではありません。

このあとまた厨房での料理生活が始まるのだが、このホールの仕事を一度経験してからのそれはまさに見違えるものに変わりました。

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羽山智基
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