亀はカマキリを食べない
ボートに乗ってバス釣りをしていると、街なかではあまり見かけない動植物によく出会う。あれは4月だったか、相模湖でオーバーハングに引っ掛けたルアーを回収したら急にフワッと香りが立って、山椒の大木が湖畔に生えているのを見つけたことがある。冬の黒部川オカッパリでも「フワッと」に出会った。やぶこぎの最中、雑草に紛れて伸びたミントの葉を掴んでいたのだった。
カワセミは意外とどこにでもいる。美辞麗句の似合う渓流にいそうなコバルトブルーの背中で、ドブ川のコンクリ護岸にとまっていたりする。淀川にはヌートリアがわんさかいるし、亀山湖はサルの王国だし、夏の富士五湖にはクワガタがよく落ちているし。
なかでも、いちばん有り難みが薄いのは亀。ルアーを投げると、倒木の上で甲羅を干していた奴らがドボドボンと落下してくる。鈍重の代名詞にされているけれど、いざ水のなかで獲物をみつけると獰猛で俊敏。このあいだなんか、水面に落ちて暴れるミンミンゼミをあっというまに捕らえてしまい、バリバリと音を立てて貪っていた。これだから昆虫食は……。
その2時間ほどあとのことだ。一匹のハラビロカマキリが、泥のうえに鎮座する亀の甲羅にとまっていた。僕たちのボートが近づいたせいで、亀はタタタと水辺を走って水中へ逃げた。哀れなハラビロは巻き添えを食らって水面に浮かんだ。
四本の足と一対のカマを振り回して泳ごうと試みるが、水を上手に掻くような構造にはなっていないらしく、カマキリはすぐに動かなくなった。周囲には犯人も含めて亀が3匹いて、すぐ餌食になるかと思いきや、完全にスルーされていた。
なぜ? 鋭いカマで反撃されるのをわかっているせいか。じっと動かないからエサだと認識できないのか。そもそも不味いのか。ハラビロカマキリに近づいて、背中のほうからつまみ上げると、生き返ったかのようにカマを振り上げて暴れはじめる。「あ、ハリガネムシだ」。横にいたH氏が水中にロッドを突っ込んで、長さ25cmほどのウニョウニョを引っ掛けた。
『ハリガネムシは水中で繁殖するために、カマキリを水に飛び込ませる』という記事を、その数日後に見つけた。もしかして亀は、水辺にいるカマキリの多くにハリガネムシが入っていることを知っているのだろうか。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/360768/071900053/