引越し作業員はただの筋肉バカではない。
前回の記事(自己紹介 大学受験編)で書いたが、私はただ良い大学に入ることだけ考え、入れば就職も有利だろうという安直な発想だった。
入れたはいいもののそれがスタートではなくゴールになってしまっており、
将来やりたいことなどなにもなく、社会人になったらどこかの大手企業で営業職につくのだと漠然と考えていた。
そんな私がたまたま内定をもらえたのが某引越し会社だ。同社は全国展開しており、配属は長野県松本市になった。
入社してすぐ新人研修として、静岡県沼津市にある本部に泊まりで何度も行った。同期8人大部屋で雑魚寝の生活が1週間。毎朝早く起きて1時間ほどの掃除が始まる。シャワー室・トイレなど隅々までこなし、1時間後に上司がチェックしにくる。そこで少しでも汚れが残っていたらやり直しだ。
その後その大部屋で机を並べて営業研修が始まる。
名刺の渡し方の所作から、営業ロープレの暗記などたくさんのことを詰め込まれた。私はもうこの時点で社会の厳しさや営業の難しさを感じていた。非常に弱い人間だった。
その後も支店の営業主任の圧力や会社のブラックなところが多くあり、新しい環境で友達もいなかったことで精神的にかなり疲れていた。
また、営業はお客さんに少しでも高く契約してもらうためにうまく嘘をつかなければならない。私は自分で言うのはおかしいが正直者で嘘がつけない。
営業に向いていないことに気が付いた。
私には営業職はもう無理だと思い、店長に辞めたいと相談。すると店長は「だったら現場をやれ」と一言。その後すぐに私は現場作業員をすることになった。
「私が現場作業員になるのか?」「あんなしんどそうなことに私が耐えれるのか?」
だが結果的に、堅苦しいスーツを着るより作業服を着るほうが私にはあっていた。
現場での仕事も最初はかなり苦労した。夏は汗だくになりながら荷物を持って階段を上り下りする。そのころ私はアトピーがひどかったため、全身のかき傷に汗がしみて痛かった。さらに先輩には怒られ、肉体的にも精神的にもつらかった。
そんなこんなでなんとか半年ほど続けた私に昇格のチャンスがやってくる。
店長が「ドライバーになりなさい」と言ってきた。ドライバーはバイト作業員を2人連れて引越し作業に行く、各現場の責任者だ。
ドライバーになるには社内の試験に合格する必要がある。トラックの大きさは3種類あったが、私の免許では一番小さいトラックにしか乗れなかった。単身引越し用のトラックだ。
ミッション車だったが、運転には自信があったので難なく合格。晴れてドライバー兼責任者となった。
だが責任者だからといっていきなり現場を仕切れるわけではない。圧倒的に経験が足りないのだ。なので助手は社員のベテラン作業員が付く。その下にアルバイトが付くといったメンバーだ。
ベテラン作業員にも怒られながら経験を積んだ。ときには筋肉ゴリゴリの怖いベテラン作業員が付くこともあり、かなりビビりながら作業をした。
そんな状態が数ヵ月続き、自分が成長していることがわかった。現場を終わらす時間が早くなり、先輩や店長にも褒められるようになった。そうなるともう仕事が楽しく、やりがいを感じるようになっていた。
前置きが長くなってしまったが、引越しというのはただ荷物を運ぶだけではない。責任者の段取りとチームワークが最も重要なのだ。
ただ筋肉と体力があるだけではダメだ。
責任者はまずお客さんから集金し、部屋の状況を確認する。その間助手の2人はトラックから資材を取り出し、準備をする。
責任者は部屋を一周すると、その時点で頭の中で運び出す順番を決め、同時に助手2人の動きも考え指示する。
この段取りと指示で引越しは決まる。あとはチームワークだ。
タンスや冷蔵庫などの大物は2人がかりで布をかぶせ梱包する。自分と助手との息がぴったり合えば驚くほど速く、気持ちがいい。
すべてが嚙み合ったときは最高に楽しかった。さらにお客さんからも喜んでいただき、とてもやりがいのある仕事だった。
私は現在は転職しているが、この引越しでの段取り術が今の仕事・生活にも活きている。
つらいことはたくさんあったが、すべて今の自分に繋がっている。
そう、引越し作業員はただの筋肉バカではないのだ。
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