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【亡霊殲滅伝奇譚 -ゲシュペンスト-】 第2話
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少女に向い、黒骸が頬を歪ませて笑顔を浮かべる。
「……うっ……あっ……あぁあああああッ!!」
少女は狂乱に陥るが、決して離れることはできない。焼き鏝のごとく熱を帯びた男の手に、少女の柔肌は締め上げられている。
「イヤあぁああ! イッ、イタイイタイイタイイタイッ!!」
「サナ、そんなに大声でわめき散らすものじゃあない。みっともないじゃあないか」
とうとう少女と繋いだ黒骸の手も顔面と同じく赤黒い軟泥へと姿を変え、少女の左腕を伝って這い伸び始めた。それは言うなれば、高熱を帯びた触手だった。
「ずっと内緒だったんだがね。実はパパ、サナの瞳が大好きなんだ」
優しく、緩やかに。触手は、まるで父が子を愛でるようにゆっくりと這ってゆく。
「どんなものを真っ直ぐに見つめるその瞳が綺麗でね。喜びを得れば光輝き、悲しみを得れば昏きに沈む。怯えに震えて僅かな光を乱反射させる瞳も、信頼を確信して穏やかさの灯った瞳も。サナのすべての瞳が、綺麗だと思ったんだ」
「ヤぁああっ! あぁぁぁぁあああ!」
少女は絶叫を発し続けるが、黒骸は意に介さない。
「こうして驚愕に目を見開いてパパを見つめるサナの瞳だって本当に綺麗だと思うんだ」
少女の肌を触手が数ミリ進む度、その熱で薄く光る産毛が弾け灼け、表皮は蒸発する。真皮は抉られ、皮下組織はその凶手に蹂躙される。後に残るのは、蛇ののたくった火傷の轍。触手は少女の左腕から這い伸び、肩、鎖骨、頸、うなじ、頬と順に犯してゆく。そして、涙で濡れそぼった少女の目尻に達する。溜まっていた水分が一瞬で空気中に霧散する。
「あッ!、イヤッ!」
「パパはサナの瞳にずっと触れたいって思っていたんだ。その瞳はかつてはパパも……ううん、この世界にいる人間皆が持っていたものなんだ。ガラス玉よりも透き通り、見たものを素直に愚直に投影する鏡。この世すべてのものに恋い焦がれる瞳だ。この世に生まれ出でた瞬間から皆が持ち合わせていたはずの光。けれど、大人になるにつれ、年を重ねるにつれ、世俗の泥に塗れるにつれ、その輝きは鈍くなってしまう。パパもそうだ。だからね、もう一度それを手に入れれば、パパも変われるんじゃあないかって、そう思うんだ。もう一度やり直せるんじゃあないかって。この世を正しく見つめ直せるんじゃあないかって。サナはどう思うかい?」
少女の眼球に高熱の触手が迫る。
「やめて。……やめ…………あぁああああああああッ!!」
黒骸は少女と繋いだ手を放す。少女は血の滴る眼球を右手で押さえ、地を転げ回る。焼け爛れた左手は助けを求め虚空を闇雲にさ迷っている。だがしかし、数分もせずに痛みに耐えかねて少女は意識を消失する。
「はあ、質問にはちゃんと答えないとダメじゃあないか、サナ。無視はいけない」
黒骸は叫び声すら上げない少女を見下ろす。胸はまだ微かに上下を繰り返していた。
「喜び、驚き、悲しみ……」
黒骸が、ヒデヒコの肉体に憑依してから既に三年が経つ。六歳のサナにとって、その三年という時間は人生の半分に値する。その間、黒骸は徹頭徹尾少女の父を演じ続けてきた。
そうすることで彼が見出した様々な感情たち。
「信頼、期待、恐れ、嘆き……」
それらすべてが走馬燈のように脳裡に鮮烈に蘇る。
それらひとつひとつはたしかに、彼の心を暖かな光りのように満たし充足を与えた。
「そういえば、まだ本気で怒ったところを見ていなかった。勿体ないことをした。ああ、まだ右目があるのか。もっと、もっとサナの感情が見たい。……さて、どうしたものか」
黒骸は名案を思いついたとばかりに微笑する。
「ああ、そうだ。アキヒコに手伝ってもらおう。そうしよう。ふッふふふ」
かつては父だったものの喉から漏れ出る冷徹な嗤い声が庫内に静かに響き渡る。
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