【第二回】海外ミステリ情報通信~CWA賞(英国推理作家協会賞、ダガー賞)の新しい部門
・長い前置き
今回はCWA賞(英国推理作家協会賞)に新たに設立された部門について書きたいと思います。
まずCWAの軽い説明から入ると、「CWA」とは"The Crime Writers' Association"の略称です。日本では「英国推理作家協会」と呼ばれています。
イギリスでは、ジャンルとしての「ミステリ」を指す言葉として、"crime"や"crime fiction"などを使うのが通例のようです("mystery"も使うようですが)。用例のすべてを「犯罪小説」と訳すと認識に齟齬をきたす場合がありそうですね。
話は横道にそれますが、CWA賞といえば、今年になって伊坂幸太郎さんの『AX』がイアン・フレミング・スティール・ダガー賞の最終候補に選ばれました。『AX』は惜しくも受賞を逃しましたが、この賞は翻訳作品を含む、その年の優れたスパイ小説、冒険小説、スリラー小説などに贈られる賞です。
CWA賞のそれぞれの部門は、最優秀長篇賞を指す「ゴールド・ダガー」のように、「○○・ダガー」と呼ばれます。補足すると、「ダガー」("Dagger")とは短剣のことです。
最優秀長篇賞(ゴールド・ダガー)では、他言語からの(英語以外からの)翻訳作品は対象外ですが、他の部門では対象だったり、そもそも英語に翻訳された作品を対象にした部門があったりします("Dagger for Crime Fiction in Translation")。
以前、横山秀夫さんの『64』が「インターナショナル・ダガー」の最終候補に選出されたことがありましたが、今では先ほど通り"Dagger for Crime Fiction in Translation"と名前を変えているようですね。
前置きが長くなってしまいましたが、ダガーには全部で十三部門あり、そのなかで今年になって設立された新しい部門がふたつあります。
・Twisted Dagger
まずひとつめが以下の通りで、
"Twisted Dagger"です。
どのような作品が対象かといえば、
"unreliable narrators, disturbed emotions, a healthy dose of moral ambiguity, and a sting in the tail"
"Books in this category include psychological thrillers (set in any period), suspense thrillers, and domestic noir"
「信頼できない語り手」であったり、「神経質な諸感情」、「道徳のあいまいさを健康的に摂取」したりするような、「人の心を刺激する物語」が対象であり、それには「サイコ・スリラー」や「サスペンス・スリラー」、「ドメスティック・ノワール」が含まれます。
「ドメスティック・ノワール」という言葉は聞きなじみがないかもしれませんが、具体的にはギリアン・フリンの『ゴーン・ガール』のような作品を指すジャンルです。「家庭内暗黒小説」といえばよいでしょうか。
近年「サイコパス」がモチーフの作品や、「ガスライティング・スリラー」、「家庭内暗黒小説」がイギリスのミステリ界で盛り上がってる、ということかもしれませんね。
・Whodunnit Dagger
もうひとつは以下の通り、
"Whodunnit Dagger"です。
こちらのほうが、日本のミステリ読者になじみがある賞かもしれません。
なぜなら、その対象が
"Books in this category include cosy crime, traditional crime, and Golden Age-inspired mysteries"
「コージーミステリ」や「伝統的なミステリ」、「黄金期ミステリにインスパイアされた作品」だからです。
ちなみに「黄金期」とは、アガサ・クリスティーやエラリー・クイーン、ディクスン・カーらに代表されるような作家が活躍していた、おおよそ戦間期~1940年代のことです(間違っていたらごめんなさい)。
つまり、日本の読者が「古典海外ミステリ」といわれてまず思いつくような、伝統的「本格ミステリ」にインスパイアされた作品も賞の対象というわけです。
また、
"books that focus on the intellectual challenge at the heart of a good mystery, and which revolve around often quirky characters"
と記載されているように、知的挑戦が中心にあるもの、おそらくホームズやポアロのような人物造形を想定しているのでしょうが、風変わりな登場人物が登場する作品も対象みたいですね。
以上ふたつが新たに設立されたCWA賞の部門ですが、特に後者は、日本の本格ミステリの英訳が進めばノミネートされることもありそうですね。
前回から間を開けずの更新になりましたが、このまま気ままにやっていきたいと思います。
CWA賞については、以下の記事も参照願えると嬉しいです。