【第三回】海外ミステリ情報通信~ジャン=パトリック・マンシェットについていくつかのことを


・はじめに

 

 今回はフランスのロマン・ノワールの作家、ジャン・=パトリック・マンシェット(Jean-Patrick Manchette)について取り上げたいと思います。

 「ロマン・ノワール」とは一般的に「暗黒小説」「ノワール小説」と日本では呼ばれますが、実はミステリにおけるひとつのサブジャンルでもあります。
 また、ご存知の方もおられるかと思いますが、ジャン=パトリック・マンシェットはそのロマン・ノワールの作家のなかでも「ネオ・ポラールの法王」との呼び名もあるミステリ作家です。

 「ネオ・ポラール」の特徴はといえば、「生々しい社会的・政治的要素を取り入れ、残酷な暴力や露骨な性の描写も恐れることなく、歪んだ現実や狂った犯罪」を描いていることでしょう(「」内は『愚者が出てくる、城寨が見える』の中条省平先生のあとがきから引用しました)。

 ちなみに「ポラール」(Polar)とはフランス語で、ジャンルとしての「ミステリ」を指す言葉です。正式には「ロマン・ポリシエ」だそうですが、通称は「ポラール」というようです。どちらも英語でいうところの"Police"由来の言葉のようです。
 簡単にいえば、上記のような「フランスにおける新しい形式のミステリ」の書き手を代表するような作家だったのです。


・作品について



そんなマンシェットは、長篇を十二作、短篇を三作、ミステリ翻訳を十四作、バンド・デシネの原作を一作、ノヴェライゼーションを二作遺しています(これに関しては、「Polar」誌のマンシェット追悼号の書誌を参考にしています)。

 長篇に関しては、デビュー作はジャン=ピエール・バスティッドとの共著であり、遺作は未完です。未訳作品は五作あり、ハヤカワ・ミステリ文庫の『危険なささやき』は実は(マンシェットには唯一の)シリーズものであり、二作目にあたります。

 また、短篇は二作の邦訳があり、ミステリマガジン一九九七年三月号掲載の「方法に取り憑かれた男」と、同じくミステリマガジン二〇一五年七月号掲載の「端役の男たち」です。

 「端役の男たち」に関しては、マンシェットが遺した映画関連の文章や他のごく短い短篇、その他の文章を収録した本(タイトルは"Chache ta joie")に収録されたものであり、正式にあちらで短篇と認められているのは「方法に取り憑かれた男」、"Désorientation, c'est un trés mauvais titre"、"Misé à feu"、のようです。

 ミステリの翻訳に関して、マンシェットはロバート・リテル、ドナルド・E・ウェストレイク、マーガレット・ミラー、ロバート・ブロック、ロス・トーマスの諸作の翻訳に、またバンド・デシネでは『ウォッチメン』の翻訳に携わっていました。
 ひとつ例をあげると、マンシェットがマーガレット・ミラーの作品の何を翻訳したかというと、『これよりさき怪物領域』です。日本ではハヤカワ・ポケット・ミステリに収録されています。


・"Chroniques"(評論集)


 バラバラになっていたマンシェットの評論をひとつにまとめた、"Chroniques"という評論集があります。これにはミステリ時評や評論、評論的エッセイが掲載されています。

 私は残念ながらフランス語は読めませんが、索引を覗くだけでも興味深く、例をあげるとローレンス・ブロックやマイクル・コリンズ、ジョン・ル・カレ、ヒラリー・ウォー、ヘレン・マクロイ、ジョン・スラデック、ジム・トンプスンらに、日本人作家では唯一筒井康隆さんに言及しています。
 これはごく一部ですので、人によっては「マンシェットが意外な作家に言及している」と思うこともあるような索引です。

 一番言及されている作家はやはりダシール・ハメットで、エラリー・クイーンやアガサ・クリスティーらのような黄金期の謎解きミステリ作家についてはやはりお気に召さないことが多いようです。
 またジェイムズ・エルロイにももちろん言及しており、機械翻訳で読む限り、『血まみれの月』を絶賛しているようです(ここでの作家の対比でヘレン・マクロイに言及しているのが興味深いですね)。
 筒井康隆さんについては、断筆宣言のことについて少し触れているようです。

 機械翻訳で読む限り、「ネオ・ポラール」の作家らしく、政治的主張とミステリ批評を合体させたような評論となっています。


・「Polar」誌の一問一答


 「Polar」誌のマンシェット追悼号では、他のロマン・ノワール作家らに対して、マンシェットについての質問を六つあげており、ピエール・シニアックやジャン・ヴォートラン、ディディエ・デナンクスらが答えています。

 質問の内容は、
1:マンシェットの作品が出版されたとき何をしていたか?(作家だったかそうでなかったかも含む)
2:マンシェットの作品は新鮮に思えたか? (補足:マンシェットが立役者だった)「ネオ・ポラール」周りで起こったことをどう経験したか?
3:(マンシェットのあとに作家になった人に対して)マンシェットの後続(息子)として扱われることをどう感じたか?
4:「マンシェット派」はあったか?
5:マンシェットの批評をどう思ったか?
6:マンシェットについて言いたいことがあれば
とまとめられます(機械翻訳したものを要約したので、正確ではないかもしれません)。

 ここで、日本でもある程度読まれている作家たち、ピエール・シニアック(『ウサギ料理は殺しの味』著者)とジャン・ヴォートラン(『グルーム』著者)の主な回答を見てみたいと思います。

シニアック
2:フランスの小説全般としてまったく新しかった。彼は巧みに政治とビジネスの汚水のようなものをきれいな棒でかき回したような小説を書いた。それは私(シニアック)好みのユーモアを伴って見事に書かれていた。(シニアック)個人の領域で作品を楽しんでいたので、マンシェットの作品は私には影響がなかった
4:マンシェットの模倣者はいるだろうが、「マンシェット派」というものはないと思う
5:マンシェットのコラム・評論は素晴らしい。明確で簡潔だった
6:彼の作品はしばしば見栄っ張りで、純粋さを保っている。他の厚顔無恥な作家よりも優れている。

ヴォートラン
2:革新的だった。私(ヴォートラン)はマンシェットより年下だったが、同僚のような気持ちだ
3:私はいうなればマンシェットの「息子」ではなく「いとこ」だ
4:影響はうけていないと思う

 と、ふたりは上記のように回答しています。確かに、彼らの作品を読めば影響はうけていないのだろうな、という思いを抱きます。
 ふたりともマンシェットに対してやはり敬意を抱いているようです。


 今回参照した資料は以下の通りです。
 特にガリマールのマンシェット全集(全一冊)には詳細なバイオグラフィーやマンシェット関連の画像、マンシェットの作品に出てくる銃器や乗り物などの辞典的な解説など、付録がとても充実しています。
 フランス語は読めなくとも、マンシェットのファンなら持っていて損はないと思いますので、余裕があれば注文してみてください。


いいなと思ったら応援しよう!