【第四回】海外ミステリ情報通信~「ハードボイルド」と「ノワール」と
日本版Wikipediaの「ハードボイルド」の項目に目を通された方もおられるでしょうが、そこでは「ハードボイルド」を「暴力的・反道徳的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体」が使われた文学として定めています。
では、英語版Wikipediaではどう定められているかというと、以下の通りで
要するに、「ハードボイルド」とは「ある種の登場人物が出てくるものや犯罪小説(特に私立探偵小説やノワール)」であり、その「ある種類の登場人物」とは
すなわち「(禁酒法が栄えたときのような)組織犯罪の暴力と戦う私立探偵」が典型的な主人公である、としています。
また、
「この暴力のサイクルを皮肉に表現するために、ハードボイルドフィクションの私立探偵たちは頻繁にアンチヒーローである」としています(「暴力のサイクル」とは、組織犯罪と戦うと同時に一方で汚濁した法組織とも戦う、ということです)。
「ハードボイルド」を定めるのに、日本では「文体」に、海外ではフィクションの「ジャンル」とその「キャラクター」に重点を置くことは興味深いですが、今回着目したいのは"especially detective fiction and noir fiction"の部分です。
特に後半、海外では「ノワール」は「ハードボイルド」(私立探偵小説)と同じカテゴリで扱われるジャンルなのです(英語版Wikipediaに準拠すれば、ですが)。
この感覚は、日本のミステリ読者にとってはなかなか新鮮な視点ではないでしょうか。私もそうでしたが、明確な定義はわからないながらも、「ハードボイルド」と「ノワール」を基本的にまったくの別物だと考えている方もいらっしゃると思います。
ここで、ジム・トンプスンの『死ぬほどいい女』("A Hell of A Woman")などの裏表紙に書かれているワシントンポストによる推薦文を見てみましょう。
要はレイモンド・チャンドラーやダシール・ハメット、コーネル・ウールリッチの後継者のひとりとしてジム・トンプスンがあげられるだろう、ということですが、ハメットはまだしもチャンドラーやウールリッチとトンプスンを同ジャンルとして扱う、というのは新鮮なものの見方ではないですか?
少なくとも私は目からうろこでした。
それに、表紙には
というシカゴトリビューンによる推薦文があります。
少なくとも私は、ジム・トンプスンの作品を「ハードボイルド」の尺度で評価した日本の記事や感想をあまり知りません(これは私の知見が狭いだけかもしれません)。
さらにトンプスンの話をすれば、Susanna Leeというジョージタウン大学の准教授による専門書"Hard-boiled Crime Fiction & The Decline of Moral Authority"のなかで、一章まるまる使ってトンプスンを論じています。
それに、William Marlingという大学教授のある専門書のタイトルは"The American Roman Noir Hammett, Cain, and Chandler"です。
今では諏訪部浩一先生によってハメットやケイン、チャンドラーのノワール的な側面が指摘されており、これから一般的になっていくと思いますが、少なくともアメリカではすでにそのような見方であるというか、このふたつのジャンルはそもそも不可分なものである、という見解なのでしょう。
そしてここで、ジェイムズ・エルロイの見解も少し引用してみましょう。
エルロイはオットー・ペンズラーとの共編アンソロジー"The Best American Noir of the Century"という二十世紀のアメリカンノワール名作短篇集の序文で、
と述べています。「ノワールはフィクションにおけるハードボイルド派の綿密に精査された分派である」ということですが、エルロイにとって「ノワール」とは「ハードボイルド」の特殊な形態なのです。
最後に私がはっとした、英語版Wikipediaの「ハードボイルド」の項目の内容について引用しましょう。
ここでは、「ノワール」とは「個人の暗い内面」に焦点を当てた物語であり、「ハードボイルド」とは「公共組織化された社会の汚濁を背景に描かれる」ものであるとしてかかれています。
要するに「個人の心か社会か」、「内か外か」のどちらを描くかで「ノワール」か「ハードボイルド」かが決まる、ということです。
結局は単純なことに戻ってきましたが、とても慧眼だと思います。
日本における「ハードボイルド」と「ノワール」の認識と、海外(特にアメリカ)における認識が異なることは当たり前であり、本邦において日本人の認識でそれらを論じていくことは大切ですし、当然のことです。しかし、海外の認識も知ることで、それらの認識を我々が相対化できる、という利点もあるのではないでしょうか。