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アタシ、踊り子になります!(5)ー演目作りー
「そうなんや……まだデビューのこと、彼氏に話せてないんや」
「すみません……本気で取り組むのはこれからだというのに……」
「うーん、難しいよね……でも早めにケリ、付けときや」
「はい……」
「あっ、次の駅で降りるからね」
まふゆは、タカシとのことは正直にひなのに話しておいた。遅くてもデビューする前までには、何らかの形で決着を付けなければならない。それがタカシと別れるという結果になろうとも、まふゆはストリップの道を進みたいと思っていた。ただ、タカシのことを嫌いになった訳ではないので、なかなか踏ん切りが付かないでいた。
この日はまふゆの演目作りのため、「音職人」の一樹のスタジオを訪れることになっていた。この週はオフのひなのも、先日のレイカのスタジオに続いて、付き合ってくれることになったのだ。
ストリップの演目で音楽が果たす役割は大きい。ストリップの一演目の長さは十五分ほど。その中に四曲程度を収めるのが一般的だ。この曲目が決まらないと、踊りの振り付けも決まらない。なぜなら曲の小節の数によってステップが決まり、また曲の構成によって踊りの形を決めて行かなければいけないからだ。
例えばBPMが120で、曲の構成が「Aメロ-Bメロ-Aメロ-Bメロ-Cメロ(サビ)」となっていて各メロが八小節だった場合、一小節で四ステップとするなら全部で一六〇ステップとなり、長さは一分ニ〇秒となる。その中でどのように踊りを展開し、またステージを移動するのか、まさにロジックで考えていかなければならない。
「まあ、慣れれば自然と曲に合わせて踊れるようになるけど、最初はきちんと計算しておいたほうがええよ」というのがひなのの教えであった。
二人は上野から京成本線の各停で数駅目の、堀切菖蒲園という駅に降りた。改札を出たところで「音職人」の一樹が出迎えてくれた。
「一樹さん、いつもお世話になっています。そしてこちらが今日お願いしている一条ゆきちゃんです」
「はじめまして、一条ゆきと申します」
「ひなのさん、ごぶさたしています。そして一条ゆきさん、よろしくお願いします。一樹といいます」
まふゆは、初めて「一条ゆき」と自己紹介したので、何か気恥ずかしいような気分になった。
一樹は年齢は三十代くらい。ポロシャツにジーンズというラフな格好だが、普段はサラリーマンで、「音職人」の仕事は副業でやっているとのこと。一見しただけではストリップの業界に関わっているとは想像もつかない雰囲気だ。
ひなのも一樹とは普段は喫茶店で打ち合わせをしたり、メールでやり取りしているので、彼のスタジオに行くのは初めてとのことだった。
堀切菖蒲園は昔ながらの下町の雰囲気が残った住宅街だ。駅から歩いて五分ほどで、一樹の自宅兼スタジオに着いた。
それは何の変哲もない賃貸マンションの一室で、2LDKの一室をスタジオにしていた。
六畳ほどの部屋には、音響機材や楽器があふれていた。メインのデスクには「Solid State Logic Big Six」と書かれたミキサーがあり、そのとなりにはMacBookが置かれていた。ラックには他にも「Neve」や「Focusrite」などと書かれた色々な機材が並んでいたが、まふゆにはそれが何かはわからなかった。
「あっ、これDX7ですね。まだ動くんですか?」
ひなのが一角に置かれたキーボードを指して言った。
「はい。ひなのさん、よくご存知ですね」
「私、大学の時、バンドでキーボードやってたからね」
「今はもっぱらMIDIコントローラーとして使っているのですが、FM音源の独特な音色を使いたい時は、今でも生音を使っています」
一樹は、副業としてストリップの演目の音源を作るだけではなく、Vチューバーや地下アイドルの音源の作曲や編曲、録音もやっているのだという。
「今はこのMacBookに入っているPro Toolsで、打ち込みからレコーディングまで、ほとんど全部こなしています。演目の音源もこれで編集しています。曲のつなぎから効果音の挿入まで、何でも言ってください」
「ゆきちゃん、このキーボード、「初音ミク」のオリジナルなのよ!」
「えっ……「初音ミク」モデルってことですか?」
「ちがうの! このシンセサイザーをモデルに、「初音ミク」が作られたのよ」
何だかひなのの方が楽しそうである。
そしていよいよまふゆの演目の音源の打ち合わせとなった。
まふゆは自分の演目のテーマを、「土-風-水-火」つまり「四大元素」にしたいと思っていた。そしてそれぞれの要素をイメージした四つの曲を選んで、事前にひなのと一樹に伝えていた。
一樹は、まふゆが選んだ四曲をつなげた音源をすでに制作していた。そしてまずは三人で、それを通しで聴いてみることにした。
「演目の雰囲気は良く分かりました。ただ、音源制作者からすると、一曲目と四曲目の存在感が、全体のバランスの上で気になります」
一樹は真剣な眼差しで言った。
「……どういうことですか?」
「端的に言うと、曲の存在感が演目全体の雰囲気を「喰って」しまうんです。一曲目は「XRF」、四曲目は「洲崎あやめ」ですよね」
「はい……」
まひろは四曲を、いずれもJポップから選んだ。そのうち一樹が指摘した二曲はいずれも九十年代に大ヒットした曲だった。
「「XRF」にしても「洲崎あやめ」にしても、個性が強いアーティストなので、聴いた人はそのイメージを思い出してしまいます。そうすると、演目全体が持っているテーマが、そっちに引っ張られて希薄になってしまうかもしれないのです」
「確かに……そうですね」
「あと、四曲の曲調がそれぞれ違うので、全体のイメージが散漫になってしまうおそれがあります」
「……」
「それで、僭越ではありますが、このような曲を私から提案させて頂こうと思います。まずは聴いてみてください」
そう言うと一樹はPCのキーボードを叩いた。すると部屋のスピーカーから音楽が流れ出した。
それはまふゆも聴いたことがある曲だった。曲名やアーティスト名は知らなかったが、ストリップの誰かの演目で使われていたのを覚えていた。それは和楽器を中心にしたメロディーと、シンセサイザーによるバックが組み合わされた、インスト(歌なしの、楽器演奏のみ)の曲だった。
「これは「玲(Ray)」というグループの曲で、和のテイストがありながら、ビートも効いているので踊りやすいと思います。あとインストメインなので、BGMとして使いやすい、というのもありますね」
一樹は「玲(Ray)」の曲を何曲か、部分を抜粋して聴かせてくれた。まふゆは、確かにこちらの方が演目のテーマにしっくりくるし、より想像力をかき立ててくれると、素直に思った。
「一樹さん、ありがとうございます。どれも素晴らしい曲で、あたしの演目のイメージにぴったりでした。四曲ともこれで、音源を組み直して頂いても大丈夫ですか……?」
「お安い御用です。ちょっとだけ待っててくださいね」
「えっ……今、作ってくださるのですか?」
「もちろんです!」
そう言うと一樹はPCに向かってキーボードを叩き始めた。五分ほどすると、なんともう音源が完成したという。
「曲は私が選曲したので、イメージが合わなかったら遠慮なく言ってください」
再び三人でデモ音源を聴いてみることとなった。最初は「土」のパートだ。琴による優雅なメロディーが印象的な曲で、テンポもゆったり目だ。続く「風」のパートになると、テンポが速くなり、尺八によるメロディーがリードするようになった。そして続くは「水」のパート。再びテンポはゆったり目となり、琴によるアルペジオが水の流れを思い起こさせる。そして最後は「火」のパートだ。アップテンポとなり、打ち込みによるドラムの音がスピード感を感じさせる。ここでは薩摩琵琶と三味線が競うようにメロディーを奏でる。まふゆは、このパートでベッドショーをやろうと考えていた。曲は官能的な高まりを見せたところでクライマックスを迎え、すべての音がぴたっと止まった。そこで一連のメドレーは終わった。
「すごいです……あたしの思っていたイメージ以上です!」
「ゆきちゃん、これはいい演目になるわ!」
「気に入って頂けてうれしいです。ではこれで音源に仕上げてしまいますね」
「はい、お願いします!」
まふゆがそう答えると、一樹は音源をCDに焼いてくれた。
「いちおう念のため、データでもお送りしておきます」
「ありがとうございます!」
「一樹さん、私が頼んでいた「ジャニーズ」のメドレーものも、受け取れるかしら」
「はい、こちらも仕上がっていますよ。聴いてみますか?」
どうやらひなのも音源を頼んでいたようだった。
ひなのの音源は、先ほどのまふゆのものとはまるで雰囲気が違い、「ジャニーズ」の色々なグループの曲がメドレー形式で編集されたものだった。十五分の長さに十曲ほどが収められていた。
「まあ、私が「ジャニーズ」系が好きやっていうのもあるんやけど、結構どれも踊りやすいんよね」
「そうですね。「ジャニーズ」の曲はどれもステージで踊ることを前提に作られていますから、そうだと思います」
二人のやり取りを聞いてまふゆは、「そうか、そういう曲の見方もあるのか」とあらためて思った。聴いて心地良い曲と、踊って心地良い曲は、多分ちょっと違う。自分で選曲した時は、確かにその観点はなかった。そしてまふゆは、師匠であるひなのが、第一印象ではどちらかと言うと直感的で感覚的な性格なのかな……と思っていたのだが、実は理詰めで物事を考える人なのだなあ……と思うようになった。
一樹のスタジオを出た後は、ひなのがまふゆの衣装選びに付き合ってくれることとなった。
踊り子の衣装の調達方法は様々である。踊り子自身が自分で既製品を買ってくることもあるし、劇場の楽屋にときどき訪ねてくる衣装屋から買うこともある。また踊り子のリクエストに合わせてオーダーメイドで作ってくれる衣装制作者もいるとのことだった。
ひなのの場合は、衣装はすべて自分で制作するのだという。そして今回、まふゆのデビュー演目の衣装も作ってくれることになった。
「私、大学が美術系で、もともと服を作るのが好きやったんよ。ストリップにハマったきっかけも服。自分で作った服を、ステージで披露出来たら、どんなに素晴らしいやろうと思って……そして今にいたるわけ」
ひなのの演目はどれも衣装がユニークで、衣装が見どころと言っても過言ではない。ストリップとは本来、裸を見せるものというイメージがまふゆにはあったが、ひなのに限らず多くの踊り子さんのステージを見るうちに、むしろ衣装があるからこその裸なのではないかと思うようになってきた。
二人は京成本線で上野まで戻り、そこから歩いて御徒町に向かった。上野の劇場の近くを通り過ぎ、十分ほど歩くと、JR御徒町駅前の「吉池」が入るビルにたどり着いた。エレベーターで最上階まで登り、ドアが開くと、そこには広いフロアに様々な布や手芸用品が陳列された売場が広がっていた。
「ここが「ユザワヤ」よ。衣装制作者の御用達のお店」
さっそく布が陳列されている一角に向かうひなのと、後からついて行くまふゆ。そこには様々な質感、様々な色の布が、ロールとなって並べられていた。そこから必要な分を裁断してもらい、長さに応じて会計してもらうことが出来るのだという。
ひなのはいくつかの生地を見繕ったが、緑のサテンの生地だけを三メートルだけ裁断してもらった。あとは、ボタンやファスナーなどを見繕って、かごに入れていった。
「メインのドレスの生地は、このあと日暮里で買うことにするわ」
そう言うとひなのはレジに向かった。
まふゆは事前に、演目に合わせた衣装のイメージをひなのに伝えていた。「四大元素」がテーマなので、それぞれの元素に合わせた色、すなわち「土」には緑、「風」には白、「水」には青、「火」には赤、というように、それぞれの色を衣装に取り込みたいと伝えた。
「四つの色を取り込むっていうのはいいんやけど、衣装を四着も用意するのは大変やと思うわ。着替えるのも大変やし」
「はい、そう思います」
「メインの衣装は白にして、あとはそれぞれの色の布をまとうっていうのはどう? 例えば「水」のシーンでは水色のレース地の布をヴェールみたいにかぶるとか」
「それはいいですね!」
「うん、それで行こう!」
ユザワヤを出た二人は、山手線に乗って数駅先の日暮里に向かった。駅の東口に降り、しばらく歩くと、目指していた「日暮里繊維街」に着いた。
ここは古くから続く繊維の問屋街ということで、生地や服飾に関連した様々なものを取り扱う店が軒を連ねていた。本来は業者向けであるが、個人でも買うことが出来るのだという。
「おじさん、こんにちは」
「ひなのさん、いつもお世話になってます」
「今回はこの子の服を作ることになったのよ。生地を見させてもらっていいかしら」
そう言うとひなのは白の生地が並べられた一角で見繕い始めた。
「ゆきちゃん、こんな生地、どう?」
まふゆは生地に手を触れてみた。滑らかな肌触りだ。色は白だが、かすかに真珠の表面のような光沢を帯びている。
「今、選んでいるのが、メインのドレスになる生地やからね。しっかり見てみて」
そう言うとひなのは、さらに続けていくつかの生地を手に取り始めた。まふゆもそれらを手で触って、感触を確かめた。
「ドレスに良さそうな生地はこれくらいやけど、ゆきちゃん、どれが良かった?」
まふゆはしばし思案したが、
「やっぱり、最初の生地が良いと思いました」
「そやね! 化繊やけど、滑らかで着心地も良さそうやし、脱ぐ時に引っかかりも少なそうやわ」
ひなのはその生地を六メートル注文した。店主が裁ち鋏でさっと生地を切り出した。一着のドレスを仕立てるのに、こんなにも長くの生地が必要になるのだと、まふゆは驚きながらその様子を見ていた。
この店の後にも、ひなのは何軒かの店をのぞき、細々とした布などを買っていった。荷物もいっぱいになったので、まふゆも手伝ってそれらを持った。
「じゃあ、材料もそろったし、あとはうちで採寸やね」
ひなのはまふゆを連れて、自宅に向かった。ひなのの自宅は根岸なので、日暮里から歩いてもそう遠くはない。十分ほどで、ひなのの自宅のあるビルにたどり着いた。そのビルはもともと企業の事務所などが入る雑居ビルで、ひなのはその一室を住居用に借りているとのことだった。
部屋は、内装はやや殺風景だが広く、その中をいくつかに仕切って、居住スペースと、衣装制作のアトリエに分けて使っているようだった。
「もともと事務所なのでお風呂はないんやけど、トイレと簡単なキッチンはあるし、近くに銭湯があるので、けっこう快適なんよ」
「すごい……何か、かっこいいです」
「じゃあ、さっそくやけど、脱いで」
「えっ?」
「何いうてるん、採寸よ。下着まででええから」
「あっ……はい!」
まふゆは、一瞬、何か違う展開があるのかと思ってしまったが、そんな妄想をしてしまう自分が恥ずかしくなった。
まふゆは下着姿になると、ひなのは巻き尺を手に、まふゆの身体の各部分を手際良く採寸していった。
「ゆきちゃん、結構身長あるよね」
「はい……一六五くらいです」
「腕と脚が長いのと、あと頸が長いから、それに合わせていくわね」
そう言うとひなのは、スケッチブックに鉛筆で描き始めた。五分ほどで、ドレスの前と後ろを描いたスケッチが完成した。
「頸の長さを強調するために、ショルダーオフにしたわ。背中はこんなもんやけど、両サイドは網目にして、肌が見えるようにするから色っぽいわよ。脱ぐ時は、ここがフックになっていて簡単にはずれるから」
「すごいです! ありがとうございます」
「じゃあ、そのまま型紙を作っていくからね」
ひなのは手早く紙に鉛筆で線を引き、それに沿って鋏で切り取っていった。みるみる間にドレスの型紙のパーツが出来ていった。時折、その型紙をまふゆの身体に当ててみて、細部を調整した。
「うん、これで出来上がり。ゆきちゃん、おつかれさま」
「ひなの姐さんこそ、おつかれさまです。本当にありがとうございました」
「じゃあ、まずはおつかれの一杯、飲んでいく?」
ひなのは冷蔵庫から缶ビールを二本、取り出した。まふゆは下着姿のままそれを受け取った。二人がタブを開けると、プシュッという小気味良い音が同時に響いた。
音と衣装が決まったので、あとは具体的な振り付けを決める番だ。まふゆはレイカに相談すると、
「まずは自分で振り付けを考えてみなさい。完璧でなくてもいいから。自分で考えたものの方が、覚えやすくて身に付くから」
と指示を受けたので、自分で振り付けを考えることとなった。
一曲目の「土」は、ゆっくりしたテンポの曲なので、レイカに教わったステップを基本に、そこに腕の振りを使った表現を交えていくこととした。ここでは最初は緑色のヴェールをかぶり、それを脱ぎ捨てるが、ドレスは脱がないこととした。
二曲目の「風」は速いテンポの曲なので、ステップも倍くらいの速さとなり、ステージのあちこちを移動していく動きにすることとした。ここでは白の長い布をまとい、それをはためかせるような上半身の動きにすることとした。
三曲目の「水」では、床に座ってのベッドショーを中心にすることとした。青のヴェールをかぶりつつ、ドレスをはだけていって上半身まであらわにすることとした。
そして最後は四曲目の「火」。三曲目の終わりにいったんステージの裾に戻ったところでドレスを着直し、赤のヴェールをかぶって再登場する。最初はアップテンポの曲に合わせてステップを踏み、そのあとドレスを脱ぎ捨てて赤のヴェールだけをまとって床に座り、そこからポージングを交えながらのベッドショーとなる。最後は立ち上がって、ステージ奥に戻ったところでBGMが終わり、舞台が暗転して演目の終了となる。こんな流れを考えてみた。
そして練習である。まふゆの自室は物にあふれていてとても練習出来る環境ではないので、区の体育館を練習場にすることにした。幸いなことに、体育館のフィットネス室が安価で開放されていた。そこでは利用者が自由に、エアロビをしたりヨガをしたりして使うことが出来た。また壁の一面が鏡になっていたので、自分の動きを確認することが出来た。
さすがに他の利用者がいるので音を鳴らしながら踊るのははばかられたが、ワイヤレスのイヤホンを買ったのでそれで問題なく音合わせが出来るようになった。
実際に踊ってみると、頭で考えていた通りにはならないところがいくつも見つかり、それを修正しては踊ってみるということを繰り返していった。
練習を始めて一月ほどすると、レイカに教わったステップはもう頭で意識しなくても出来るようになり、上半身の動きに表現力をそそぐことも出来るようになった。またステージ上の移動も、ステップに合わせてスムーズに行うことが出来るようになった。
床の上でのベッドショーの練習は、最初は他の利用者もいる中でやることに恥ずかしさをともなっていたが、じきに慣れた。自宅でもストレッチは欠かさず行っていたので、腕や脚の可動域もかなり大きくなっていた。そしてまだまだ脚の開きは十分ではなかったが、L字のポージングも脚を真っ直ぐ伸ばしたまま保持することが出来るようになった。また、他のポージング、例えば上半身を反らして片脚を持つ「スワン」のポーズや、「ブリッジ」から片脚を上げるポーズなども試してみることが出来るようになった。
十月も中旬になった。まふゆがストリップ入門を果たして早一月半ほどがたとうとしていた。
九頭(九月一日~十日までの期間)がひなのの休みの週だったので、ひなのには色々と手伝ってもらったが、九中(九月十一日~二〇日)以降はひなのも連続で公演があったので、まふゆもひなのとは劇場で会って話をするだけとなった。そして十中(十月十一日~二〇日)の週にようやく休みとなったので、ようやくまふゆと会う時間を取ることが出来た。
「ゆきちゃん、お待たせしたけど、はい、ドレス。ようやく渡せたわ」
「ひなの姐さん……ありがとうございます!」
まふゆは思わず涙ぐんで、ひなのの身体に抱き付いた。ひなのは毎日ステージがある中で、この衣装を仕立ててくれたのである。まふゆは、ひなのの恩に報いたいと、あらためて思いを強くした。
この日はドレスの試着も兼ねて、レイカに振り付けを見てもらうこととなっていた。二人はレイカの待つスタジオに向かった。
「ゆきちゃん……素敵よ」
ドレスを着けたまふゆの姿に、レイカはすっかり見とれたようだった。
「うん、ぴったり。ゆきちゃん、きついところはない?」
「はい! とても着心地がいいです!」
まふゆは軽くステップを踏み、鏡の前で一回転した。動いても、さまたげられるところはまったくなかった。
「じゃあ、さっそく通しで踊ってみてもらえるかしら」
レイカがそう呼びかけたので、まふゆは緊張した。自分で考えた振り付けを人前で披露するのは始めてであり、しかも真新しい衣装を着けての、本番とほぼ変わらないシチュエーションで、である。しかしひなのがラジカセのプレイボタンを押し、曲のイントロが流れてきたので、まふゆも覚悟を決めた。
一曲目、二曲目でステップを踏んだが、衣装はまったく動きをさまたげないどころか、動きに合わせて衣装が流れるように表情を見せてくれることに気が付いた。そして踊りながら、「この衣装をもっときれいに見せられるように、踊りたい」と思った。
三曲目になって床に座ってのベッドショーとなった。フックをはずすと、確かにドレスの上半分が簡単にはずれて脱げるようになっていた。フックは二段構成となっていて、もう一組のフックをはずすと下半分もはずれるようになっていた。
そして四曲目。立ち姿の状態から、上のフック、そして下のフックをはずす。するとドレスは完全にはずれて足元に落ちた。そしてまふゆは床に座り、そこから再びベッドショーに移った。ここでは何種類かのポージングを披露することになっている。まふゆは「高く見せよう」とか「大きく開こう」という気持ちは押しとどめて、とにかく四肢を伸ばし、その姿勢を保持することに集中した。そしてなんとかすべてのポージングを決め、立ち上がって後ろに下がり、最後に深々とお辞儀をしたところで曲が終わった。
「ゆきちゃん、よくがんばったわ!」
「そうね、よくここまで仕上げたわね」
二人はまふゆの演目の出来をほめた。
「どこか足りないところは……ありましたか?」
「そうね……一曲目と二曲目のステップは、だいぶこなれていたので、あれはあれでいいんだけど、ちょっと繰り返しが多くて単調なところもあったわね」
「そうですよね……」
「例えば、二曲目はAメロ、Bメロ、Cメロと進行してまたAメロに戻るんだけど、今だと二回目のAメロも一回目と同じ振り付けなので、二回目はもう少し展開させて変化を付けるとか、バリエーションを考えた方がいいわね」
「はい、そう思います」
「そのあたりの振り付けを、私の方でブラッシュアップさせていくから、まずは私の踊りを見てみて。ひなのちゃん、音ちょうだい」
「はい!」
レイカはレオタード姿のまま立ち上がった。そしてまふゆの演目のBGMが流れ始めると、踊り始めた。
驚いたことに、まふゆが考えた振り付けをそのままレイカはなぞって踊っていた。そして二曲目では、一回目のAメロからCメロまではまふゆの踊った通り、そして二回目はそれを展開して複雑な動きを加えたものにして踊った。
まふゆは、一度しか見ていない自分の踊りをレイカが完璧に再現させるだけでなく、さらにブラッシュアップさせたものをその場で披露していることに驚愕した。
さらに三曲目に入った。ベッドショーで、まふゆ自身もここは単調だな……と思っていたところを、やはりレイカは修正して踊った。さらに四曲目のベッドショーのポージングも、まふゆがやらなかったポージングを加えていた。しかしそれは決して難しいものではなく、まふゆでも出来そうなものだった。それを見てまふゆは、今の自分に出来そうな技のバリエーションをレイカが見せてくれているのだと分かった。
踊り終えたレイカは、まふゆに言った。
「ほら、休んでる暇はないわよ。忘れないうちに、今私が踊ったように踊ってみて!」
レイカの特訓は、今始まったばかりなのである。
「ああ……見てるだけでもつかれたわ。ゆきちゃん、おつかれさま」
「ひなの姐さん、最後まで付き合ってくれて、ありがとうございました」
二人はスタジオを後にしてから、駅前の居酒屋で慰労会をしていたのである。
「レイカ先生のレッスンを、生で見られるのはなかなか貴重やからね……それはそうと、今日はあとひとつ、大事なことを伝えなあかんねん」
「大事なことと言うと……まさか!」
「そう、ゆきちゃんのデビューの日程が決まったわ。十二頭の上野よ!」
ついに……デビューが決まったのだ。まふゆはうれしさと不安とで、頭も心もいっぱいとなった。
「順番は二番目。一番目が私だから、少しは気が楽でしょ」
ひなのは心からうれしそうだった。まふゆはあらためて、ひなのを師匠として持てたことに感謝した。そして、踊り子への道を開いてくれた千沙子にも、早くこのことを伝えてお礼を言いたかった。
しかし一方で、あと一人、大切な人にこのことを伝えなくてはならないことを、まふゆは思い出していた。