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アタシ、踊り子になります!(3)ー踊り子になりたい!ー
「私は豆乳粥を頼むわ。まふゆちゃんは?」
「ええと……あたしは豆花にします」
池袋の西口にある台湾カフェ「鮮芋仙」のセルフオーダーの機械の前で、まふゆと千沙子が何を注文するか吟味していた。まふゆはTシャツにジーンズというラフな格好。あまり意識の高くない女子大生といった雰囲気だ。一方の千沙子は、六十年代風のレトロなプリント柄のワンピースを着て、セミロングの黒髪をポニーテールにしている。化粧はおそらくファンデーションだけで、口紅も引いていない。休日のOLといった雰囲気であり、一見すると現役の踊り子であるようには見えない。
「千沙子さん、本番前の忙しいところ、お時間を取っていただき申し訳ありません……」
「いいのよ! こうしてまふゆちゃんとモーニング、ご一緒出来るし」
数日前、まふゆは意を決して千沙子のSNSにメッセージを送った。自分がストリップにデビューすることが出来るのか、相談に乗って欲しかったのである。ちょうどその時の千沙子は「池袋インペリアル劇場」の八結(八月の二一日から三一日までの期間)に載っていたので、舞台が始まる前の午前十時に、ここで待ち合わせをして、お茶をしながら話を聞いてもらえることになったのだ。
「デビューしたいって思ってくれたのはすごくうれしいわ。でも色々大変なことがあるのも、まふゆちゃんなら分かるわよね」
「……はい」
「HPやポスターでは顔を隠して活動している踊り子さんも、いないわけじゃないけど、バレちゃう可能性はもちろんあるわよ」
「はい、分かっています」
「あとは家族とか、恋人とか、身近な人の反応よね……付き合っている人とか、いるんでしょ?」
まふゆはうなづいた。
千沙子の小説『裸の叫び』にも、主人公の由紀奈が家族との関係に葛藤する様子が描かれている。きっと千沙子自身も、そうした経緯をへてきたことだろう。
もしデビューすることになったら、家族や恋人のタカシにはそのことを打ち明けなければいけないと、まふゆも分かっていた。
正直なところ、両親に関してはどうでもいいや、と思っているところがあった。両親はこれまでどちらも好き勝手に生きてきて、そのせいでまふゆの人生が振り回されてきたことに、いまだにわだかまりを持っている。ただ、気になるのは弟のことだ。弟はまだ高校三年生で、未成年の彼の前で堂々と「お姉ちゃんはストリッパーになったわ」と言うのは、さすがに気が引けるところがあった。また、弟もいずれは結婚を迎えることになるだろうが、その時に相手の家族に「姉はストリッパーです」と告白しないといけない……。あれほど自由気ままな両親を嫌悪しつつも、今度は自分自信が弟の人生を振り回してしまうことになるかもしれない……ということに、まふゆの心はまだ解決が付いていなかった。
さらに難しいのがタカシとの関係である。まふゆは、一週間ほど前のタカシとのやり取りを思い起こしていた。
お盆といっても、まふゆはわざわざ世田谷の実家に帰るということもなく、またタカシも博士論文の準備があるので大学の研究室にこもっていた。そんな中ではあったが、リフレッシュを兼ねて二人は根津にある音楽バーにいた。お盆休みということもあって、客は二人だけだった。
「まふゆが貸してくれた『裸の叫び』、読んだよ」
「ほんとう? どうだった?」
タカシがそう切り出したので、まふゆはよろこびを抑えられずに尋ねた。
「主人公の女性が、生きづらさを感じる原因を、男性をはじめとする他人からの「まなざし」であることに気付いて、でもそれを逆手に取って、自分自身が裸の身体をさらすことでその「まなざし」を受け止めて、昇華していく……という過程が、やはり印象的だったかな」
「うん、あたしもそこがとても共感出来た!」
まふゆは、これをきっかけにタカシにストリップの話をすることが出来るのではないかと期待して、少し興奮気味に応えた。
タカシは続けた。
「……ただ、そうは言ってもストリップって、女性の性を商品化しているというのは否定出来ないんじゃないかって、思ったりもして……」
「でも最近は女性のお客さんも増えているって話だし、必ずしも性の商品化ってだけで見るのは、違うんじゃないかな……」
「うん、それは分かるんだけど……でもやっぱりストリップが性的なエンターテイメントとして消費されてるっていう現実がある以上、女性の性を商品化して搾取するっていう、男性中心主義の社会構造を追認するってことにならないかなぁ……?」
「でも、女性は女性として、自分の性を商品としてプロデュースするのは、女性の自己決定権を行使していることになるんじゃない?」
「……うん、でもそれは男性にとって都合が良い女性、っていうことにならない?」
「女性だって、性欲があって、それを表現してもいいはずだわ! タカシの言い方だと、女性には性欲がないと言っているか、女性は性欲を表現することはいけないことだ、ってことになるんじゃない?」
「いや、そういうつもりはないんだけど……」
この時にはそれ以上の言い争いにはならなかったが、意見の不一致が明らかになって、もやもやとした気持ちを後に残した。まふゆにとっては、タカシがストリップに対してどちらかと言うと否定的な感情を抱いていることが分かったので、余計にわだかまりとなった。
「はい……周囲のこととかで、まだ悩むところはあるんですけど……あたしはストリップによって、新しい自分への第一歩を進めたいと思っているんです!」
まふゆは力を込めてそう答えた。千沙子はしばらく考え込んでいたようだったが、やがて口を開いた。
「分かったわ。私も、まふゆちゃんがデビューするの、応援するわ!」
「……あ、ありがとうございます!」
「でもね……私もデビューしてまだ四年目なので、まふゆちゃんを妹分として面倒を見るのは、まだちょっと早いの」
「そうなんですね……」
「でも、きっとひなの姐さんなら、まふゆちゃんのこと快く引き受けてくれると思うわ」
「ひなの姐さんって……市川ひなのさんのことですか?」
「そうよ!」
千沙子はさっそくスマホを取り出し、すさまじい速さで文章を入力し始めた。思い立ったが吉日、ひなのに事の経緯を説明して、まふゆの面倒を見てくれるように頼むLINEのメッセージを送ったのであった。
まふゆは、初めて上野の劇場に観に行った時に、ハンバーガーの帽子をかぶって踊っていたひなののことを思い出していた。
まふゆは、意を決して一歩を踏み出した今日というこの日から、すべての物事が急速に動き出したように感じた。そのことで、期待からうれしく思う気持ちが湧き起こる一方で、一体この先どうなってしまうんだろうという不安も、じわじわとのしかかってくるのであった。