たそがれのディードリット[エピローグ act.2:炎の魔女]

 ロードス歴871年、ロードス島西部の辺境の村でひとりの女性が生を受けた。彼女の名はアインス。古いロードスの言葉で「数字の1」や「はじまり」を意味する名である。
 彼女は幼少の頃から不思議な力を持っていた。最初の頃は天気を当てたり探し物を見つけたりするくらいの、少しばかり人より勘が鋭いといった程度のものであったが、そのうち少し先の未来を言い当てるようになった。
 また彼女の両親は敬虔なマーファの信徒だったので、彼女も幼い頃から村にあるマーファの教会に通っていたが、十歳頃になると人々の傷や病を癒すようになった。教会の司祭は彼女の能力に気付き、ターバにあるマーファの神殿で修行し、司祭職になるように彼女とその両親に勧めたが、彼女はそれを固辞し、村にとどまった。
 彼女は村の教会で奉仕をしながら、訪れる人々の傷や病を癒し、また時にはその相談に乗ることもあった。彼女の助言は、相談者の問題に対して直接的なアドバイスを与えるものではなく、むしろその生きる道を指し示すようなものであった。しかし彼女の助言はよく当たるということで、いつしかその噂は近隣の村々にも広がり、やがて遠くから彼女に助言を求めて通ってくる者も出てくるようになった。
 一八歳になった時、彼女は村を出ることを決意した。両親や村の人々は彼女を引き留めようとしたが、彼女は「私は、このロードス島の多くの人々の言葉に耳を傾けたいのです」と言い、その決意は揺らがなかった。
 彼女はロードス島の各地を旅し、行く先々で人々を癒し、その相談に乗って助言を与えた。その相手の多くは庶民であった。そんな彼女を人々は「聖女」と呼ぼうとしたが、彼女自身は「聖女の名はニース様こそふさわしいので、私のことは「魔女」と呼んでください」と言った。
 時には各国の王や支配者にも助言を求められることもあり、彼女もそれに応えたが、特定の国に肩入れすることは一切なかった。

 ロードス暦899年、アレクラスト大陸の大国であるトラキア帝国が突如として大船団でロードス島に侵攻してきた。五十隻の軍船がライデンの沖に現れ、たちまちのうちに街は焼き払われ、占領下に置かれた。
 トラキア帝国はロードス島の各国に対し降伏を呼びかけた。さもなければ皆殺しにすると脅した。
 各国の王は急遽、フレイムの王都ブレードに集まって協議した。アラニア王国をはじめとしていくつかの国は降伏に応じた方が良いとの意見を表明したが、ヴァリス王国は徹底抗戦を強固に主張した。フレイム王国は当初、その旗幟を鮮明にしなかったが、広く民衆の支持を集めるアインスを会議に招き、その意見を求めた。
 彼女は各国の王たちに、一致団結して戦うように呼びかけた。そして最終的にはロードス島連合軍を結成し、侵略者に反撃を行うこととなった。
 各国は団結し、ライデンを占領していたトラキア帝国軍を辛くも押し返すことに成功した。それを受けて侵略者の船団は撤退した。
 ところが半年後、再びライデンの沖に大船団が現れた。今度は前回の四倍となる二百隻の軍船であった。ライデンの防備を固める連合軍も恐怖に陥った。各国の王たちの間にも動揺が広がり、降伏に応じた方が良いのではとの意見が広がり始めた。
 そんな中、アインスはただひとりライデンの街に現れて、トラキア帝国軍の大船団を見下ろした。そして古の言葉によるチャントの詠唱を始めると、突如として空が真っ暗になり、稲妻が交差した。そして空の彼方から五匹のドラゴンが、すさまじい速さで飛んできたかと思うと、彼女のたたずむ上空に留まった。
「Brenn 'Es nieder!(焼き払え!)」
 彼女は古の言葉で叫んだ。するとそれぞれのドラゴンの口から一条の光の筋がほとばしった。それらが沖に停泊する船団をなぎ払うと、船はたちまちのうちに炎に包まれた。
 さらに彼女はチャントの詠唱を続けると、その頭上に巨大な火の玉が現れた。それを彼女は船団のただなかに投げ込むと、それは轟音とともに爆発し、船を打ち砕いた。
 瞬く間にトラキア帝国軍の船団はそのほとんどが炎に包まれ、さらに火の玉の爆発によって木っ端微塵となり、船の兵士たちは火に包まれながら次々と海に投げ出されていった。そのほとんどは浮かび上がってくることはなく、なんとか陸にたどり着いた者たちも、ロードス島連合軍の兵士によって斬り倒されるか、その捕虜となった。辛くも本国まで逃げ帰ることの出来た船はわずか三隻であったと伝えられている。
 この時ロードス島の人々は、彼女が強力な魔法使いであったことを初めて知ったのであった。

 戦後、人々は彼女こそロードス島の女王にふさわしいと、その功績を称えた。しかし彼女はその後は一切政治に関わることなく、弱い立場の庶民たちを救済する事業に一生をささげた。そして無慈悲な破壊を行う魔法を使うことは、生涯二度となかった。
 ロードス暦951年、アインスは八十歳で亡くなった。人々は彼女に「ザ・ファイヤウイッチ・オブ・ロードス(ロードス島の炎の魔女)」の名を贈った。

 彼女は亡くなる前にふたつの言葉を残している。ひとつは次のようなものであった。
「私の魂は、この肉体が滅んだ後、ロードス島に生まれる赤子の中に転生します。その子はザクソンの村に生まれ、「ツヴァイ」と名付けられるでしょう」
 事実、翌年のロードス暦952年にザクソンの村にひとりの少女が生まれ、ツヴァイと名付けられた。彼女は後に「ザ・ウォーターウイッチ・オブ・ロードス(ロードス島の水の魔女)」と呼ばれるようになる。
 もうひとつは次のようなものであった。
「私から数えて九人目の魔女。彼女が……このロードス島に完全な平和をもたらすでしょう」

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