たそがれのディードリット[エピローグ act.3:エピソード1988]

 カノン王国の辺境の地サボーにあるマーモ国の難民キャンプ。ここはこの地に逃れてきた難民たちの暮らす場所であったが、決して彼らの安住の地ではなかった。
 サボーには銀の鉱山があり、難民たちはその労働力として酷使されていた。政治的混乱が十年以上続くこのロードス島において、歴史あるカノン王国ももはや王国としての求心性はなく、この地はサボー辺境伯の独立国家の体をなしていた。そして国家や王といった存在があてにならないこの時代において、金や銀、そして鉄といった資源こそが最も信頼に足るものであり、それは軍事力によって掌握されるものであった。
 難民の子供たちは、坑道から運び出される岩の塊から、銀が含まれているものを選別するのが主な仕事であった。彼らは十二歳頃になると、男子は山に入って採掘作業に携わるようになり、女子は炊事場や被服処で働くようになる。数年もたつと、男子は一人前の坑夫となり、女子はそうした坑夫の妻となった。しかし坑夫の寿命は短い。しばしば起こる落盤事故で命を落とす者は少なくなく、また長年坑道で働いていると多くの者は肺を病むようになり、まだ三十代くらいにもかかわらず血を吐いて亡くなる者が後を絶たなかった。夫を失った女は、また次の男の妻となり、その子を産んだ。男も女もここでは、いつでも代替が可能な部品に過ぎなかった。
 マーモ国に生まれた少女レイ(零)は、早くに両親を失い、物心ついた頃からこの難民キャンプで生活していた。今年で十二歳になる彼女は、今は岩石の選別作業にあたっているが、近いうちに新しい仕事が与えられるだろう。そうしてそのうちに誰かの妻となり、子供を産み、さらにまた誰かの妻となって子供を産むことだろう。
 しかし最近になって彼女は、不思議な夢を見ることが多くなった。そこに出てくるのはどれも彼女が見たことのない風景であったり人物であったりするのだが、いずれも前から知っているもののように感じられ、しかも鮮明なイメージをともなっていた。それはある時は、遺跡の中にいる自分をめがけて多くの兵士が殺気立って迫ってくるものであったり、あるいはある時は、勇猛な戦士たちとともに地下の迷宮をさまようシーンであったりした。また自分の左手から放たれた赤黒い光がドワーフの戦士の胸を貫き、彼の命を奪うという夢を見たこともあった。その時は全身に汗をかいて目覚めた。
 こうした夢を見るようになってから、彼女の周囲でも次々と不思議なことが起こるようになった。大怪我をした坑夫が担架に乗せられて運び出された時、偶然彼女の服がその身体に触れた。すると、もはや手の施しようがないと思われていた彼は一命を取り留め、三か月後には元気になって山に戻っていった。また肺を病んで数か月となり、もはや命が尽きようとしていた者のところに、彼女が食事を運んで行ったことがあった。するとその日から見違えるように彼の病状は改善し、ついには完全に健康な状態にまで回復した。
 彼女は自分でもなぜこのようなことが起こったのか分からなかった。むしろ周囲の人々が、彼女に不思議な力があるのではないかと噂し始めたことで、ようやく自覚するようになったくらいであった。しかし周囲の人々はそんな彼女の存在を気味悪く思い始めるようになり、彼女は次第に仲間内からも遠ざけられるようになった。

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 ロードス暦1975年、突如として恐るべき存在がロードス島に出現し、人々を恐怖の底に陥れた。
 彼ら「オーバーロード」と呼ばれる者たちは、一説によると遊星から到来した存在といわれる。ヒトのような形の身体に、長い尻尾と一対の翼を持ち、皮膚は昆虫や甲殻類のように硬かった。その身長はおおよそ一五メートルほどであったが、二メートルほどのものから四十メートルに達するものまで確認された。しかも彼らは、どうやらある程度自由に大きさを変化させることも出来るようだった。
 彼らはロードス島に降り立つと、宣戦布告もなくいきなり苛烈な攻撃を始めた。「メテオ・ストライク」と呼ばれる、天空に浮かぶ星を地上に落とす攻撃により、城や軍隊はなすすべもなく打ち砕かれていった。彼らには剣も魔法もほとんど効果はなく、その漆黒の鎧のような身体を傷付けることはほとんど不可能であった。
 各国の王や指導者たちは、彼ら「オーバーロード」との交渉を何度も試みたが果たせなかった。彼らは高度な知能を持っており、兵器のようなものも使用したが、その論理体系はヒトとは完全に異なっているようであり、意思の疎通をはかることが出来なかった。そのため彼らが何の目的で侵攻してきたのかはまったく不明であった。
 また彼らのその見た目は、暗黒神ファラリスの眷属を思い起させるが、彼らはそれとはまったく異なる「存在」であった。それは彼らが、このフォーセリア世界とは異なる世界の産物であることを示唆していた。
 彼ら「オーバーロード」の攻撃により、ロードス島の各国は壊滅的な打撃を受けた。彼らの「メテオ・ストライク」は平地や山脈にも降り注ぎ、地形を変えるほどのすさまじさであった。
 八代目のロードスの魔女アハトは、五匹のエンシェント・ドラゴンを従え、侵略者に立ち向かった。彼らに対抗出来たのはエンシェント・ドラゴンだけであった。
 彼女とエンシェント・ドラゴンの活躍により、辛くも「オーバーロード」たちは撃退された。しかし彼らは最後に巨大な「メテオ・ストライク」を放ち、それをアハトは身を挺して防ごうとした。彼女は持てる魔力の限りを尽くして、巨大な火の玉を出現させ、これを落下してくる星にぶつけた。
 衝突によって両者のエネルギーが相殺され、すさまじい光と音を放出してそれは消滅した。しかしすべての魔力を使い果たしたアハトは、そのまま息絶えてしまった。享年二十歳。こうして後に「遊星戦争」と呼ばれる戦いは終結し、アハトは「星の魔女」と呼ばれるようになった。

 しかしアハトは生前、次代の魔女を指名しなかった。これまでの歴代ロードスの魔女は、亡くなる前に次代の魔女の生まれる場所と名前を人々に告げてきた。しかしこのような形で魔女が突然亡くなったことは初めてのことであり、ロードス島の人々は大きな不安に陥った。その後、ロードス島各地には自分こそは魔女の生まれ変わりと称する偽者が数多く現れ、混乱が続いた。
 また「オーバーロード」たちによる「メテオ・ストライク」の攻撃はロードス島そのものを不安定にし、火山の噴火や地震の頻発などの自然災害が相次ぐようになった。魔術師や学者たちは近いうちにロードス島そのものが崩壊する可能性を指摘したため、一部の人々は島を離れて大陸に逃れたが、多くの人々は荒廃した国を出て、残された数少ない安全な土地に難民となって流入した。諸国家は機能不全に陥り、いくつもの小勢力が林立して限られた資源を奪い合うという、大動乱の時代となった。

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 その日、レイは岩石の選別の仕事を終え、自分の寄宿舎に戻ろうとしたところで声をかけられた。見ると、男性が二人に女性が一人である。いずれもサボー辺境伯領の軍人の制服を着ている。彼らはこの銀鉱山と難民キャンプを管理する役人であり、難民たちから恐れられている存在であった。
「レイという娘は、お前のことだな?」
 女が尋ねた。
「……はい、私のことです。お役人様、どのようなご用でしょうか」
「黙ってついて参れ」
 男のうちの一人が威圧的な口調でそう告げた。レイは鉱山の管理棟の裏手にある中庭に連れて行かれた。そこは表からは見ることが出来ない奥まったところにあり、周囲には人の目はまったく感じられない。
 どうやら女が彼らの上官のようで、レイに対して質問を始めた。
「難民どもの間で、お前のことが噂になっているのだよ。不思議な力を使うとか何とか……お前、それは本当なのか?」
「……申し訳ありません、私自身は心当たりのないことなのですが、周囲の人たちがそのように噂しているのは聞いたことがございます」
 すると女は、レイの藍色の髪に手を触れながら尋ねた。
「お前……よもや他国のスパイではあるまいな?」
「まさか!……とんでもないことです。私などが……」
 おびえた様子でレイが答えると、女は彼女の胸ぐらをつかんで引き寄せ、わざと笑顔を浮かべて言った。
「正直に話せば、痛い目にあわずにすむぞ」
 レイは必死に首を横にふったが、女はさらに顔を彼女に近付けて言った。
「先日、難民どもが反乱を企てていることが分かった。私たちはその首謀者たちを事故に見せかけて殺そうとした。ところが一人だけ助かり、重傷だったので放っておけば死ぬかと思っていたが、なんと回復したというじゃないか。聞けば、お前がそいつに触れたおかげで命を取り留めたという。お前、あいつに何をしたんだ?」
「……お役人様、私はまったく存じません」
 レイがそう答えると、女は彼女の胸ぐらをつかんでいる手と別のもう一方の手で、いきなり彼女の胸をつかんだ。レイは痛みにうめき声を上げた。
「お前ももうすぐ嫁入りの歳だな。でもその前に傷物になるのは、さすがに嫌だろう……?」
 女は笑顔を浮かべながら言った。二人の男たちも、下卑た笑顔をその表情に浮かべていた。レイの顔からみるみると血の気が失われていった。
 ところが、二人の男の顔から突然表情が消えたかと思うと、その場に崩折れた。続いて女も同様に、意識を失って倒れたため、胸ぐらをつかまれていたレイも一緒になって地面に倒れた。
 レイはその時、自分に近付いてくる人影を感じた。その様子を驚きと不安の入り混じった顔で見上げた。

「あなたが、ノインなのね」
 あたしは笑顔を向けて、彼女に話しかけた。

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