ちょっと怖い短編小説『野菜の子』
春菜は生き物が大好きな子供だった。生き物への愛情は成長とともに強くなり、家畜である牛や豚、鶏にも向けられるようになった。そして、動物を食べることに疑問を持った。
こういう想いは子供の頃には誰しも抱くものかも知れない。だが、彼女は大人になってからも可愛そうな動物を少しでも減らしたいと思い続けていた。だから、彼女は肉を食べるのを止めた。
ベジタリアンになってから5年経っていた。仕事の後に春菜はオーガニック食品の店でいつものように、野菜を買って帰った。春菜は帰宅してから、エコバッグに奇妙な野菜が紛れ込んでいることに気づいた。
その葉野菜は膨らんだり、萎んだりしていた。まるで呼吸しているかのようだった。裏返した時、彼女はぎょっとした。そこには可愛らしい小さな顔があって、目を閉じて眠っていたのだった。
「あなたは何?どこから来たの?」
その生き物は答えることなく、静かに寝息をたてていた。
春菜は水耕栽培の手順を知っていた。プラスチックのケースと、金網、スポンジを買ってきて、その不思議な生き物を育てることにした。
生き物には小さな根があった。栽培キットで育てるうちにそれは次第に大きくなっていった。根は三つに分かれ、中央がその先で二股に分かれた。まるで人間の体のようだった。
ある日、春菜はいつものように生き物に液肥を与えようと水耕栽培キットへ向かった。だが、そこに生き物の姿はなく、部屋の奥からガサゴソと物音がしていた。
そちらに目をやると、その生き物が一人で立ち上がり、食料品を漁っているところだった。
「あら、あなた動けるようになったのね」
その生き物は可愛らしい鳴き声を上げて彼女に駆け寄った。まるで彼女を母親と思っているかのように。
春菜は生き物に「マルマル」と名前をつけた。成長するにつれて体がまるまるとしてきたからだった。二頭身のマルマルはファンシーグッズが現実になったかのように可愛らしかった。
マルマルは口から栄養を取るようになっていた。マルマルにはまだ歯がなく、硬いものが食べられなかった。春菜は野菜と果物のスムージーを作ってマルマルに与えた。マルマルは嬉しそうにそれを平らげるのだった。
数カ月後、マルマルは言葉を話すようになっていた。いろいろなことに好奇心を持つようになり、夕食の時間にこんな事を春菜に聞いた。
「ママ、このご飯は何からできてるの?」
「お野菜からよ。よそではお肉も食べるけど、うちはお野菜だけなの」
「それはなぜ?」
「動物が可愛そうだからよ」
「お野菜は可愛そうじゃないの?」
春菜は黙ってしまった。マルマルはどう見ても野菜の仲間だった。
「僕とお野菜は似ていると思うんだ。僕、お野菜を食べてもいいのかな」
春菜はマルマルの気持ちがよくわかった。立場が逆だとするのなら、マルマルは肉を食べるべきなのだろう。でも、春菜にとって動物は『友達』なのだった。
「そうね、マルマル。あなたはとっても賢いわ。時間をちょうだい。ママ少し考えてみるわね」
それは、1週間後の夕食だった。マルマルの前には野菜の料理が、春菜の前には肉料理が置かれていた。マルマルは春菜に訊いた。
「ママ、お肉を食べるの?動物が可愛そうじゃなかったの?」
春菜は穏やかな表情でマルマルに答える。
「マルマル、聞いて。ママはあれから考えたの」
「生き物が他の生き物を食べることがエゴなのよ。責任は自分で取るべきなの。人間が人間を食べるようにすれば他の生き物に迷惑はかからないわ」
そう言って、春菜は人肉にナイフを入れる。
「だからあなたは野菜を食べなさい。それが生命として自立するということなのよ」
幼いマルマルはそれが良い考えだと思った。マルマルは安心して野菜を食べるのだった。
氷山トモヒロ 2024