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エリオグラビュール:ファニー・ブーシェとの出会い
自分が撮った写真をどのように作品として見せていくか?印刷媒体での発表や、SNSをはじめとするデジタル配信にも取り組んできた。もちろん紙焼きやインクジェットでのプリントも、自ら行ったり依頼したりと試行錯誤を重ねてきたが、どれも今ひとつしっくりこなかった。
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そんなあるとき、当時住んでいたBoulogne-Billancourt(ブーローニュ=ビヤンクール)から車で10分ほどの場所に、エリオグラビュールを行うアトリエがあることを知った。その時はエリオグラビュールが何かも分からず、ただ吸い込まれるようにアトリエのドアをノックした。ドアが開いた瞬間、アトリエからインクの匂いが漂い、それと同時に高校時代の美術室の記憶が鮮やかに蘇った。なぜその記憶が蘇ったのかはまた別の機会に話すとして、この瞬間、「これだ」と確信した。
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エリオグラビュールとは、写真を銅版に転写し、その版を使って紙にプリントする技法で、19世紀の写真黎明期に誕生した写真製版の一つだ。その銅版に浮かび上がる写真の美しさ、そして刷られた作品の質感は、自分の心を完全にとらえた。
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このアトリエの摺師がファニー・ブーシェである。彼女はこの技法でMaître d’art(フランス版人間国宝)の称号を持ち、2017年に上野の国立博物館で開催された「フランス人間国宝展」の15人のうちの一人として選ばれていた。摺師としてのファニーは、写真家が何を表現したいのか、なぜエリオグラビュールで刷らなければならないのかを深く理解した上でなければ、プリントに取り掛からないという。かつてアンデスの山奥に暮らす少数民族をテーマにした作品を依頼された際には、写真家とともにその地を訪れ、直接感じ取ったものをもとに制作に取り組んだという逸話もある。
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そんなファニーに自分が依頼するまでには、しばらく時間がかかった。どんな写真を刷るべきか、どうやって見せるべきかを考え続けたからだ。きっかけは2018年、代官山蔦屋書店からクラシックカーのイベント「ミッレミリア」のために、店内を自分の写真で装飾してほしいという依頼を受けたことだった。依頼を引き受ける際、「イベント用の写真とは別に、自分の作品も展示させてほしい」とお願いし、これがエリオグラビュールの制作を依頼するきっかけとなった。このイベントに合わせて、1929年製のブガッティ・ブレシアをテーマにプリントを依頼した。
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アトリエで制作工程を見守る中、銅版を作るプロセスは非常に複雑で理解するのが難しかったが、いよいよプリントが始まった。最初に刷られたものをもとに色を調整するプロセスが続き、セピア調の色味を指定したものの、赤が強すぎたり黄色に偏ったりと試行錯誤が必要だった。理想の色が決まると、さらに仕上がりを見ながら部分的な明暗を調整する。こうして完成した一枚が色見本となり、それを基準に指定枚数を刷ってもらうという手順だ。
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完成した作品は日本に到着し、友人の紹介で額装を依頼したことをきっかけに、Roonee247 Fine Artsさんとのお付き合いが始まった。この出会いを通じて、エリオグラビュールとの出会いが運命の糸に導かれるように、自分の作品制作の新たな道を切り開いてくれたのだ。
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