中国から謎の荷物が届いたのでその真相に迫ったら、予想外の人物が黒幕だった。
中国から僕の自宅に謎の荷物が届いた。日本の中国地方ではなく、中華人民共和国であり、チャイナだ。
サイズはA5用紙くらい。ガシャガシャと形が変わる袋が、自宅のポストにねじ込まれていた。宛名は僕。
「中国郵政」とある。調べてみると、中国のちゃんとした郵便組織だ。少なくとも経路は信頼できるルートで届いたらしい。
開封してみる。
中にはクマのキーホルダーがあった。
くしゃくしゃの袋に包まれたそれは、某LI⚫E社のキャラクターに似ている。似ているが、違う。ドラ⚫もんを真似たキャラクターが向こうの遊園地を練り歩いていることは聞いていたが、まさかL⚫NE社のクマまで真似るとは。というか「GoodBai」って何だ?「Good bye」ではないのか?
もちろん、ここまででお気づきの通り、僕にはこんな物が届くことになんの心当たりもないのだ。こんなクマなんか買わない。こんなクマが景品になる抽選なんか申し込んでなどいない。
袋から出して手に取る。「重いぞ」。ついつい僕はひとりごちる。
見た目に反して少し重いと感じたそれを触るのは怖い。ーーー爆発でもするかもしれない。これは名探偵コナンの読み過ぎか?
よく見ると泣きぼくろを携えている。何かの隠喩だろうか。どこかの軍人が掌を掲げたら処刑の合図となるように、これが海の向こうから届いた予告状なのだろうか。「ーーーーお前も泣くことになるぞ」と。
普段通りの自宅が肌寒く感じる。このクマはなぜ、ここへ届いたのだろう。海の向こうを想像する。のっぺらぼうの誰かが、モニター越しにこの小さな島に居る僕を監視しているような気がした。
●●●
翌日。目が覚めてもそれは失くならない。実に怖い。怖いものはとりあえずインターネットで調べてみる。検索窓には「中国 国際郵便 身に覚えが無い」と打つ。もっと適したキーワードがあるかもしれないが、焦りで頭が回らない。
検索結果。おおよそ調べたかった事柄が並ぶ。曖昧さを斟酌して検索結果を表示するのがGoogleだ。
…不吉な言葉ばかりが並んでいる。
僕はどうすればいいんだろう。
もっとインターネットを漁る。しかし「クマのキーホルダーが送られてきた」という事例は見当たらない。検索窓の言葉を幾つか試したが、結果は変わらなかった。
調べていくうちに一つ、良いことが分かった。令和3年の特定商取引法の改正から、注文してないにも関わらず事業者が金銭を得ようとして不当に送りつけた荷物は、直ちに処分して良いことになったらしい。安心した。
だが、専らこれは国内だけの話なのかもしれない。当局にとっては些末な問題かもしれない。中華街みたいな建物を根城にしているマフィアには通じないかもしれない。そう考えるとまた怖くなる。殺されたくない。ころされたくない。
棄てよう、棄てるんだ。焼却されてしまえばジャイアントパンダマフィアも追ってこられない。いや待て、この荷物は現に届いている。自宅は把握されている。なんなら電話番号も書いてある。もうダメだ。
こうなってしまえば、送り主の正体を探っていくしか道はない。
考えやすいのがイタズラだ。ヘンなものを送り付けるイタズラだって世の中にはある。そこで、よくつるんでいた大学時代の友人がいるライングループに尋ねてみる。
しかし、誰も心当たりはない。……本当だろうか?なんだか、友人に対しても疑心暗鬼になってきた。「精神から追い詰めろ」と昔の軍人はうまいことを言ったものだ。既に余裕などない。
まだだ。まだヒントはある。一矢報いるんだ。こっちだってやられっぱなしじゃ終われない。そうだろう?
もう一度、郵送された包装を見る。この「FROM:BUNBAO」がヒントじゃないか?BUNBAOなる場所から届いたのだろう。どこだ。BUNBAOってなんだ。
Google mapに打ち込む。すると、
肉まんの店?
サンフランシスコ?
アメリカ西海岸???
BUNBAOはサンフランシスコに門を構える肉まん屋らしい。非常に腹が立ってきた。中国の国内じゃなくて、アメリカの中華料理店?どんな遠回しなアイデンティティの匂わせだ。逆探知の対策にも手が込んでやがる。
だったら直接、送り元の番地を打ち込んでやろうじゃないか。この『anhuicheng....』と長いやつを打ち込んでいく。
検索すると、ここが。
中国だ!!!!!
南京市付近に2件ヒット。このどちらかが、遠い日本の、その中でも更に小さい種子島という場所に居る僕へ向けて郵便を送って来た犯人だろう。
さぁ、片方の詳細を見て見ると。
え?
警察署???
「お前は知りすぎた」。天から声が聞こえるようだ。引き返すのは、ここが最期のチャンス。
ちょっと待てよ。このクマ、泣きぼくろにばかり注目していたが、着ている服装って……。
け い さ つ ?
●●●
戦意が失われた。好奇心が恐怖に打ち負かされた瞬間だった。ここまでの調査結果をまとめて、引き下がるとしよう。
泥酔したジャッキーチェンの夢?
●●●
後日。
結局、こわいけどなんだか後ろ髪を引かれて、クマを手元に残してしまっていた。盗聴器が入っているかもしれない。爆発するかもしれない。発信器で衛星から位置を監視されているかもしれない。そう思いながらも、どうしても棄てられない。
自分のオフィスに置いてきた翌日。オフィスに出て行くと、クマが消えている。……何故?瞬時に悪寒が走る。「盗まれた?」まさか。
辺りを見渡してもない。デスクの下にもない。
妻に尋ねる。「ねぇ、ここにあったクマのキーホルダー知らない?」
妻はむげもなしに、「昨日、捨てたよ」と言ってのける。
え?
捨てた?中国当局からのメッセージが含まれているあのクマを?
青ざめる。均衡していた戦況が、これをきっかけに一気に相手に傾くような気がした。
「なんっ! 棄て?!! えっ?!?」
「だってあれ、私がネットショップで買った店から届いたものだもん」
……
お前だったのか黒幕……。
詳しく聞くと、ネット販売で注文した商品が、向こうの何らかの都合で発送が出来なくなってしまったという。そのお詫びの品として、生産工場からこの「GoodBai クマ」を送ったのだが、発送元が中国であり、かつなんらの説明書きも入っていないために、日本の片隅に居る僕を恐怖の底に陥れてしまったのだ。マジで怖かったぞ。
「…でも笑い話で良かったよ、こわかった~」
そう言って僕は肩をなで下ろす。
しかし。これで解決なのだろうか。BUNBAOとは?あのサンフランシスコの肉まん屋は何だったんだ?そして、送り主住所が警察署だったことは?警察の服を着ている理由は?Good Baiの意味はーーー?
ーーーこれ以上の詮索はやめよう。
ただ、何でもない日常を取り戻した今でも、ふとした時にあのクマの虚ろな眼が思い返されるのだ。
泣きぼくろを携えた、あのクマの眼が。