鳴神隼のただ一人の為の推理 十話(最終話)
十.第三章⑥:ただ一人の為にだけ捧ぐ推理(あい)
視線、視線。向けられる眼に彼女の肩が跳ねる。捕らえられた獲物が逃げ場を失ったように。
怯える小動物が死を覚悟した、歪んだ顔を〝彼女〟はしていた。
「自分が〝日野優子〟であると主張するのならば、君の右肩を見せてくれないだろうか? あぁ、健司先輩は庇う可能性があるから俺が確認しよう」
隼がそう言って〝彼女〟に近寄り――拒絶された。
ばっと右肩を押さえて飛び退く、その行動だけで〝彼女〟が優子ではないことを表していた。健司は信じられないと目を見開いて、「どうして」と震える声が口から零れる。
「自白したようなものではないか、その行動は」
「っ……」
ぎりっと歯を鳴らして〝陽子〟は隼を睨みつける。けれど、彼には通用しない。ただ、冷たく「一人二役をした可能性だが」と推測を立てる。
「あれはアリバイ工作にしては脆く崩れやすい。〝日野陽子に指示された〟という言い訳のためではないだろうか」
全ての罪を〝日野陽子〟に被せるために。これは彼女が考えたこと、自分は手伝わされたのだと悲劇を偽って。
「トリックに穴があれば、逃げられずに自死を選ぶという選択があってもいいだろう。大きな釣り針ほど、人間は引っかかるものだ。あるいは元々、自死するシナリオでもいい」
もしかしたら、遺書でも残されているのではないだろうか。隼の言葉に陽子はぷるぷると手を震わせる。
「日野陽子自身が書いていれば証拠になる。部屋から回収したペットボトルやタオルもあるかもしれないな」
どうだろうか。健司は隼の話にリビングルームの扉を勢いよく開いた。どたどたと足音を立てながら二階へと上がり、激しい開閉音が鳴る。それを片耳に隼は「何か言いたいことはあるだろうか?」と問う。
「これはあくまでも俺の推測に過ぎない。素人の推理だ、違う箇所もいくつかあるだろう。けれど、君が日野優子を殺したのは間違いない」
日野陽子、君が〝日野優子〟に成り代わっていたのだから。双子であり、殺害した人物でなければそんなことをする意味はないはずだ。はっきりと宣告されて、陽子はしゃがみこんだ。わなわなと両手を胸元に当て、これでもかと目を見開いて。
「俺は双子の生活というのに詳しくはない。だが、君たち二人は見分けがつくような服装をしていなかった。例えば、色違いだとか」
そういった区別をつけるような教育環境ではなかったのかもしれない。だからこそ、成り代わることができると考えたのだろうな。隼は「浅はかな考えだ」と言われて、陽子は顔を上げる。
「本当に、殺したのか……」
開け放たれたリビングルームの扉から顔を真っ青にさせた健司は入ってくる、その手には紙が握りしめられていた。何が書かれていたのかはそれだけで皆が理解してしまう。
「……そうよ、私が殺したのよ、全員」
はぁと陽子は大きな溜息を吐いた。それはまるで失敗して面倒なことになったといったふうで。諦めや後悔などといったものは含まれていない。
「どうしてなんだ、陽子っ!」
「何でって? あいつらが全員、私を裏切ったからよ!」
怒声。咽喉が呻る叫びに空気が凍った。陽子の顔は般若へと変わり、怯えなどもう消え失せる。ただただ、怒りを、憎しみを宿し、睨む。
あれほど綺麗に整った顔は見る影もなく。ぶるぶると拳を握りしめて、彼女は語った。
「隆史は香苗と浮気していたのよ」
隆史が女子に目移りしやすいタイプの人間であるのを陽子も分かっていた。けれど、自分がしっかりとしていれば大丈夫だと、彼も「そんなことしない」と言っていた言葉を信じて付き合っていた。
けれど、隆史は後輩の香苗を気に入って関係を持った、裏切られたのだ。浮気をしているというのに何でもないように顔を出して、彼氏面をしてくる。香苗は寝取ったというに平然と後輩として接しきた。陰で「バレてない」と「鈍感」と笑い者にしながら。
「浮気などしない、そう約束しておいて破るなんて……裏切りでしょう?」
裏切りは許さない、絶対に。影で嘲笑って、馬鹿にして、そんなことが行わていい訳がない。罰を、罰を与えねば。陽子は口角を上げて言う、謝ってすむわけないじゃないと。
陽子の自白に琉唯は初日の隆史と香苗の会話を思い出した、リビングルームで何かを話していたことを。会話はところどころ朧気ではあるけれど、隆史が誤魔化していたのははっきりと覚えている。
「だから、殺したと?」
「そうだけど?」
悪びれる様子もなく陽子は答える、罰を与えただけじゃないと笑いながら。ゆっくりと隼の眉間に皺が寄る。
陽子は立ち上がると「あの人たちが死んで気持ちが楽になったわ」と今度は般若のような顔を嬉しそうに綻ばせた。自分を笑い者していた存在はこの世から消えた。なんと、なんと晴れやかでしょう。にこにこと笑みをたたえて。
「辰則くんのキーホルダーが落ちているの見かけて、さらに良くなると思ったの。罪をかぶせることはできなくても、混乱させることはできるでしょう?」
それがまた自殺した理由にもなるじゃないと悪びれもしない。これはちょっとしたエッセンスなのだと言いたいのだ、陽子は。
彼女の存在が異質に見える。人間であるのか、これが現実であるのか、脳が処理を拒絶した。自分では理解ができないモノであると判断して、拒否反応を示す。
「陽子、どうして優子まで殺したんだ!」
健司の声にはっと琉唯は息をする。ぎゅっと縮んだ心臓を握るように胸を押さえて彼から陽子へと視線をずらす。彼女はすっと真顔に戻った。
「あの子、隆史と身体の関係があったのよ」
優子は隆史と身体の関係にあった。それは隆史に流されるがままにやってしまったのだと泣きながらに告げられたのだという。
陽子が好きになった男性を優子も好きになることが多かった。けれど、付き合っているのだからと諦めていたところに隆史から持ち掛けられてしまう。悪魔の誘惑だと分かっていながらも、大丈夫だと囁かれて流されてしまった。一つ気になりだしたら止まらなくなり、ずっと考えてしまうタイプの優子は耐え切れなくなったのだ、彼との関係を。
全てを聞いて、「あぁ、こいつも裏切ったのか」と頭の中で何かが切れる音がした。ぷつんという軽いものではない、引きちぎれるような嫌な音が。
「あの子をね、私は責めて、責めて……。これでもかと責め立てて、落としたの。私の殺人に付き合わせられるまでに。簡単だったわね、双子の姉妹だもの。あの子が弱い部分を突くのは簡単よ。入れ替わって生きていくつもりだったのに……まさか、火傷の痕を見られていたなんて……」
この火傷の痕はきっと隆史がつけたものだ。彼は所有印代わりに煙草を押し付けたいと常々、言っていた。断っていたというのに、肩口にあったのは自分が寝ている時につけられたものだろうと陽子は眉を寄せて、「残念だわ」と肩を落とす。
「信じていた恋人にも、後輩にも、姉妹にも裏切られて、成り代わるのにも失敗して……。成功すると思っていたからこそ、殺害に使ったもの全てを私が用意したのに。優子に罪を償ってもらいたかったわ。あぁ、なんて……」
なんて、可哀そうなのかしら、私。口元を押さえながら陽子は涙を流す。悲劇のヒロインを気取って。
「くだらない」
「……はぁ?」
くだらない。陽子ははぁっと睨むも、固まってしまう。人間というのは表情だけでなく、眼力だけでも怒りを表せるというのを彼、鳴神隼を見て知った。
深く刻まれる眉間の皺と、猛禽類の鋭い眼、それらが黙らせる。誰も発言ができない、する隙すらも与えずに。
「君にとって裏切りというのは許されざる行為だったのだろう。だが、君の行動に琉唯を巻き込まないでもらいたい」
人間を殺害するというのは重大な犯罪行為であり、許されることではない。どんな理由があったとしてもやっていいことではないのだ、殺人は。殺したいほど憎い理由だったにしろ、どんな言い訳を述べたところで理解されることはないということを頭に入れたほうがいい。隼は冷たく「君の考えは自己中心的なものだ」と切り捨てる。
「巻き込まれる人のことを考えたことがあるか? あぁ、そんな考えに至ることもできなかったのか。君の行動のせいで琉唯は恐怖を感じた」
「それがなんだっていうのよ!」
他人が怖がろうが興味なんてないわと怒鳴る陽子に隼は目を細める。
「君は裏切り行為が許せないらしいな。人間には誰にだってそういったものがある。俺にもあるんだ」
一歩、一歩と隼は陽子に近づいて――低い唸り声を上げた。
「琉唯に不安を恐怖を与える存在自体を俺は許さない」
浮気をされて、笑い者にされた。信じていた恋人に、後輩に、姉妹に裏切られた。あぁ、可哀そうに辛かっただろう、苦しかっただろう。他人には計りきれない憎しみだ、それは。
けれど、他人を巻き込むな。お前の勝手な思想に。やりたいことがあるならば、他所で一人でやれ。犯罪行為などに手を染めずに、迷惑をかけるな。
氷のような言葉の雨が降る、雪が降っているのかと感じるほどに寒く。一つ、また一つと重しを乗せられた感覚に息が吸えない。
「どんな理由であろうとも、お前がやった行為は正当化されることはない。悲劇を気取るのも大概にしろ。お前は哀れな小動物ではない、自己中心的な人間だ」
現実を見ろ。そう突きつけて隼は視線を持ち上げる。つられるように陽子が見遣れば、様々な〝瞳〟がそこにあった。
一つは何もかも信じたくないという涙に濡れて。 一つは恐れるように震えて。 一つは悲しむように。
一つ一つと目が合って、陽子は唇を嚙みしめて叫んだ。
「私はっただ、裏切られて、悲しかった、だけ……」
頬に爪を立て掻きむしりながらぼろぼろと涙を流し、へたり込んだ。
誰も彼女に声をかけることはない、どんな言葉をかければいいというのだろうか。琉唯は泣き崩れる陽子をただ見つめることしかできなかった。
***
崎沢隆史・佐々木香苗・日野優子の三人が殺害された事件は犯人の日野陽子が逮捕されたことで解決した。
ただ泣く陽子を皆が監視するように眺めて一夜が明けた。外は嵐が去ったのか、風一つなく、照らされる朝日に水溜まりが煌めていたのを覚えている。昼を過ぎた辺りに警察官の人たちがやってきて現場を確認し、日野陽子は連行されていった。
離島から地元に戻ってきても警察の事情聴取などで拘束されて、これが夏休み期間でなければ心休まる日はなかっただろう。
夏休みが明ければ、この事件のことも噂されるはずだ。大学内の生徒が三人死亡したのだから、話が何処から流れるか分からない。犯人も在籍していたとなったら、ちょっとした騒ぎになるかもしれないというのは想像できた。
日野健司が大学を辞めたと浩也から琉唯は聞いていた。自分の妹が殺人犯だったという現実を受け入れたくなかったようで、心はすっかりと壊れてしまっていたと。
もちろん、琉唯は事件を知った琉両親にかなり心配されてしまい、暫くバイト禁止令がだされてしまった。
なんだかなと琉唯は深い溜息を吐いた。七月の終わり、夏真っ盛りな日中は暑く、突き刺さるような日差しを浴びながら琉唯はハンバーガーショップを訪れていた。どうして自分はこんな時に外に出ているのだろうか、などと考えながら。
これもそれも隼が「会いたいのだが?」とメッセージを送ってきたからだ。ここ最近は事件の事情聴取で疲れていたので、もうしばらく外には出なくていいと思っていた。とはいえ、引きこもってばかりでは身体によくはない。気分転換にはいいと会う約束をしたのだ。
待ち合わせ場所のハンバーガーショップで涼みながらジュースを一口、飲んでまた息が零れる。事件を思い出すと、隼の怒った姿が頭に過ってぶるりと震えた。あんな低い唸るような声、初めて聴いたから。
彼は琉唯の事になると少しネジが外れるぐらいで、あれほどの怒りを露わにしたことはない。だから、驚いて声も出なかった。
彼の言動に恐ろしさを感じなかったとは言えないけれど、怒りの理由は琉唯に不安を与えて怯えさせたからだ。自分が関係していることなので、隼自身に恐怖を抱けないし、嫌いにもなれない。
そうやって愛情を向けられても止めることもできない。隼の一途な想いというのはそう簡単に崩れるものではないと、あの時の怒りで嫌というほど伝わった。
彼を変えてしまったのは自分なのだと琉唯は理解して、なんとも言い難い表情をする。これは何と言うか――
「愛が重い」
「誰の愛だ」
愛が重いとぼやいた言葉に反応する低い声がして琉唯は黙る。顔を上げれば何とも不機嫌そうな隼が目の前の席に座って、肘をつきながらじとりと見つめてきた。
「誰の愛が重いんだ」
「……お前だよ」
お前以外に誰がいるんだよと琉唯は返す。こうなったらずっと聞いてくるだろうことは目を見れば分かることだ。だから、誤魔化すのを諦めた。愛が重いと言われた本人はいたって冷静に「それがどうした?」と返す。
「俺が君に抱く感情が軽いわけがないだろう」
「そうだな。実感した」
お前を怒らせたくはないと思ったと琉唯はジュースを飲む。何を言っているのだといったふうに隼は「君には怒らないが」と目を瞬かせた。
「どうして琉唯に怒る必要がある」
「え、いや……。もしかしたらなんかあるかもしれないだろ」
「前にも言ったが、君がしでかしたことを俺は許せるが?」
君がしでかしたこと全てを俺は許そうと真顔で言う姿に琉唯は言葉を返せない。あの言葉に嘘はないとその眼が言っていたから。
「あのさ。怒ったのって」
「琉唯を怯えさせたからだ」
君は言っただろう、怖いと。だから、安心させるために事件を解決しようとした。だというのに、捕らえた犯人の言動が〝悲劇のヒロイン気取り〟で自分勝手すぎた。あまりにも酷くて怒りが込み上げた、被害者面をするなと。
「俺にも許せないことはある。だからそれを主張したまでだ」
「だから、怒ったと……」
「そうだ」
「あんなに冷静だったから驚いた」
人が死んでいるだけでなく、閉じ込められた状況で冷静だったのにと琉唯が言えば、隼は「琉唯を安心させるためならば、冷静でいられる」と答えた。
自分が焦れば、不安を抱けば、どんなに誤魔化しても相手にも通じるものだ。それで余計に怖がらせては疲弊させてしまう。ならば、自分は冷静にいなくてはいけない。隼は「冷静に判断できなければ守ることはできない」と話す。
全てが琉唯で回っていた、彼は。それは前から感じていたことではあるけれど、琉唯はますます重さを感じた。
誰がこうさせてしまったのだろう。自分だなと琉唯は自問自答して、深い溜息を吐き出す。ここまで堕としたのは紛れもなく自分で、彼にとってかけがえのない存在となってしまったのだ。
誰が責任を取ればいい。勝手に好きなっただけじゃないか、放っておけと言うのは簡単だ。けれど、隼の覚悟というのはそれなりの重さを持ってる。それはただ一人の為に推理をして事件を解決に導くほどだった。
そう簡単に放っておけるものか、こんな愛。なんで、嫌いになれないのか。今なら少しだけ分かる。自分の信念を曲げずに覚悟を見せているからだ。
「好きにしてくれ」
好きにしてくれ。その言葉に隼が目を開いて数度、瞬きをした。琉唯はそんな彼をじとりと見遣りながら「でも、無茶はするな」と指をさす。
自分のために誰かが傷つくなど嫌なことだ。琉唯は「お前の安心させる方法は斜め上なんだよ」と咎めるけれど、隼には通じていないのか首を傾げられてしまった。
「怒りたい気持ちは分からなくないけど、犯人の神経を逆撫でするようなこと言うな。前にも刑事さんに言われてただろ」
「確かにあれは逆撫でする行為だっただろうな。けれど、彼女にははっきりと現実を突きつけなけばならない」
どんな理由があっても殺人を犯していい理由にはならない。どんなに許せなくとも、どんなに恨んでいようとも。君は悲劇のヒロインではない、ただの自己中心的な人間であると、現実を突きつけなければ。
隼は言う、同情してはならないと。あれは全て彼女が自分の意思で行った行為、浮気されて裏切られたからといった理由は通らない。そこに同情する余地などないのだ。
「三人も殺害した犯人を哀れんではいけない」
許されざる行為をしたことを哀れに思っては。冷たく、けれど優しく言い聞かせるように隼は言葉を紡ぐ。
琉唯は黙って頷いた、その通りだと思って。
「それはそれとして、琉唯が足りない」
「ごめん。真面目な話してたくせに何、言ってんだ」
急に変わった話に琉唯が突っ込む。夏休み期間というのは長すぎると、それだけ琉唯に会える時間が減ってしまった。だから足りないんだと真顔で言われて、少しでもしんみりとした気持ちを返してほしいと思ってしまった。
「だから、会いたいってメッセージ送ってきたのか」
「そうだ」
「少しは我慢しろよ」
「死ねと?」
何故、そうなる。隼の返答に琉唯は呆れそうになったけれど、本人はいたって真面目だ。これは駄目だなと琉唯は「わかったよ」と頷いておいた。
「で、会って話したけど足りたか?」
「足りないが?」
「なんだよ、何かしてほしいことでもあるのか」
「ありすぎるが?」
やってほしいことなど山のようにあると言われて、琉唯は聞かなければよかったかもしれないと少しだけ思う。何を言われるのだろうかと身構えていれば、隼は「ひとまずは」と口を開いた。
「撫でて褒めてほしい」
「お前は猫か犬か。そもそも無茶するなって今さっき言ったばかりなんだど?」
事件を解決したことを褒めてどうする。こういったことは本職である警察に任せてればいいことなのだ。と、琉唯が言えば、隼はじっと見つめてきた。
その視線に琉唯が「なんだよ」とまた身構えると、隼は「琉唯は言ったな」と話す。
「琉唯は先ほど、言っただろう。好きにしてくれと」
「言ったけど、それとこれとは……」
「それは俺を受け入れたということではないだろうか?」
琉唯の言葉をさえぎるように隼は言う、「違うのか」と。
好きでもない存在、ましてや同性に好意を向けられて、それでいて好きにしてくれというのは、想いを受け入れたということになるのではないか。琉唯はそう言われて眉を下げた。
本当に勘が鋭い。たったあの一言だけで答えに行きつくのだから。あれだけの愛をもらって嫌うほど、放っておくことなど琉唯にはできなかった。
「俺の想いは多少なりとも通じたということではないだろうか?」
「くっそう……」
言い返せずに呻れば、隼はなんとも嬉しそうに頬を綻ばせていた。勝ち誇った顔しやがってこのやろうと琉唯は愚痴りながらも、話を誤魔化すように隼の頭を撫でてやった。そうすれば、何か言おうとしていた彼の口は閉じ、口元を手で覆って感情を抑え始める。
「別に褒めてるわけじゃないからな! 無茶はするなよ」
「考えておく」
「声振り絞って言われても信じられないんだよな……」
またやりかねないだろと琉唯は思った。彼は言ったのだ、「俺は君のためならば面倒なことでも解決しよう。それが例え、殺人事件であろうとも」と。
「これでもう彼氏面とは言わせないな。〝恋人〟なのだから」
「待って、付き合うとはいってない」
「付き合う以外に選択肢は無いが?」
好きにしろと言ったのは君だろうとにこやかに微笑まれて、琉唯は渋面を返すしかなかった。
END