夜叉と相棒 一話
捕捉:見どころなど
①夜叉は神に罰を与えられた罪人であり、彼はその償いの旅をしています。神々の頼みを解決していきながら、自身に罰を与えた神の許しを待っています。彼が罪を犯した理由は父として慕っていた存在を人間の勘違いによって殺されてしまったからです。たった一人、自分を愛して育ててくれた存在を失った悲しみと、復讐によって神に罰を与えられた愚かさなどを表現することができます。
②夜叉の自称相棒として鵺という妖怪が旅に着いてきています。彼は夜叉の過去を全て知っている数少ない存在です。古くからの腐れ縁なので、夜叉の意外な一面などを魅せるきっかけになりえます。おちゃらけた性格で場を和ませることができるので暗い印象のまま話が進むを防ぐことができます。
③天女である小夜は純真無垢であり、穢れを知りません。故に人間の汚い部分も、神の残酷な部分もこの夜叉の贖罪の旅で知っていくことになります。そうやって知っていき、また彼女によって夜叉も一緒に成長していきます。
④夜叉は一人と一匹によって自分の気づきえなかったことを知り、他人との触れ合いで心を感じ、前へと進んでいきます。小夜の純真な愛と鵺の友人を想う心によって、自分はまた愛されているのだと気づくのです。こんな相棒がほしいと思える描写を取り入れることができます。
⑤夜叉は強いキャラクターであるので、主人公最強や無双などといったことも可能です。小夜はヒロインであり、相棒もいますので恋愛的な愛情を魅せることもできます。また、バトルシーンで強敵を打ち倒す爽快感も出せるかと思います。
捕捉:簡易的なキャラクター設定
①夜叉・白蓮
年齢:見た目は二十代 性別:男 種族:妖怪
容姿:藍墨茶の長い髪を一つに結っている・端整な顔立ち
性格:冷静・不器用
設定:人間に育てられた妖かし。父親代わりだった彼に白蓮という名前をもらった。たった一人だった夜叉にとって育ての親だけが自分を認め、愛してくれる存在だった。けれど、人間の勘違いによって父親を殺されてしまい、復讐するも人間たちが崇拝していた神によって罰を下される。神によって神々の手助けをする贖罪を言い渡されて鵺と共に長い月日の間を旅していた。
鵺とは父が生きている頃からの付き合いで腐れ縁。鵺の馴れ馴れしさには慣れてしまっている。面倒くさげにしているが彼の事は信用している。小夜を任されて面倒だなと思いながらも付き合っていく中で、彼女が一生懸命に頑張っている姿を見て放っておけなくなる。
②鵺
年齢:不明 性別:男 種族:妖怪
容姿:猿の顔に狸の胴体で虎の手足と尾の蛇・獅子ほどの大きさ
性格:お節介・おちゃらけ
設定:鵺という妖怪。個別の名前は持っておらず、好きなように呼ばれている。夜叉とは腐れ縁であり、彼の贖罪の旅にもエサに困らずに済むという気持ちを持ちつつも心配で着いていくことにした。
夜叉が復讐をした時のことを知っており、あの時の怒りと悲しみを抱いた様子は哀れであり残酷だと思った。それを知っているので心配もするし、放っておけない。おちゃらけた性格ではあるけれど、友人想い。
小夜は夜叉にとって良い相棒になると思っている。彼女の純真無垢さと一生懸命に頑張る姿というのは惹かれるものがあるから。それはそれとして小夜を利用して夜叉を揶揄って遊んでいたりもする。
③小夜
年齢:見た目は十代前半 性別:女 種族:妖怪
容姿:濡羽色の長い髪・白雪の肌・幼さの残る愛らしい顔立ち
性格:純真無垢
設定:天界から地上に修行に下りてきた天女。世間を知らない故に人間の汚い部分や神の残酷な一面を見て、驚きと悲しみ、怒りなどを感じ、彼らの世界を知っていく。
夜叉と鵺の相棒という関係に憧れて自分もなりたいと、日々頑張っている。自分にできることは率先してやり、時に優しさを夜叉に与えているが本人が無自覚でやっていることが多い。
夜叉の過去を知って彼に同情するのではなく、温かく包み込んでそれらを受け止めた。それは彼女の愛の深さと優しさの表れ。
第一話
月が夜を照らす丑三つ時に青年が一人、山を登っていた。人が歩く山道ではなく、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれてぼうぼうと生える草葉が遮る道なき道を何を言うでもなく。月明かりがあるとはいえ、灯りもないというのに彼は遠くまで見えているかのように歩を進めている。
木々の隙間から零れる月光に青年の藍墨茶の長い髪が照らされた。一つに結われた繊細な髪がはらりと風に攫われる。黒い衣を纏う身体は細身ながらにたくましく、月夜によく映える端整な顔立ちは造り物のように幻想めいていた。
ぎらりと輝く金の眼はただ真っ直ぐ山の奥へと向けられている。それはまるで何者かを捉えているかのように。
足場も悪いというのに青年は平地を歩いているかのように軽い足取りだ。草の踏みしめる音はすれど、彼の息遣いはしない、言葉も発さない。
どれほど歩いただろうか、そんな時間など青年には関係がないのだろう。疲れた様子も見せず、けれど面倒げに眉を寄せながら歩いている。
びゅんっと強い風が吹き抜けて青年はやっと足を止めた。びゅんびゅんと風が周囲を飛び回っている、狙いを定めているのだろうか。けれど、彼は飛び回る風に目を向けてはいなかった。何でもないように前を見据えていて、興味がないようだ。
飛び回っている何かは青年の態度に苛立ったのか、木を蹴り上げて飛び掛かった。瞬間、ばしんっと弾かれて木の幹に叩きつけられる。彼は腰に差していた刀を抜いていた――刃はべったりと血で濡れている。
倒れていたのは貉のようで、腹部を切り裂かれて絶命している。たった一太刀で仕留めたということだろう。
「うぃっひっひひ。はずれだねぇ」
青年の背後から声がする。少年のような少女ともとれる若い声が彼の周囲を回るようにけらけらと。青年はなんとも嫌そうに顔を顰めたが諦めたように息を吐いた。
「鵺、煩い」
「そんなことを言われても、可笑しいのだから仕方ない。なぁ、〝人助けなんてするお人好し〟な夜叉よ」
そう言ってけらけらと笑うとぬっと空気を裂くようにそれは姿を現した。まず猿の顔が、次に狸の胴体がするりと空間を通り抜け、虎の手足で宙を蹴り、尾の蛇をゆらりゆらりと揺らす。それは獅子ほどの大きさで宙を歩きながら夜叉と呼ばれた青年の背後に回った。
夜叉はまだ笑っている鵺に小さく息を零すと左手に握りこぶしを作り、思いっきり猿の額を殴る。ごちんとそれはもう綺麗な音を鳴らして打たれた鵺は「痛いっ!」と声を上げて宙で悶えていた。
「なんと横暴な!」
「黙らない貴様が悪い」
「相棒を殴るなど酷かろう!」
「誰が相棒だ。タダ飯食いしているだけだろうが」
相棒と言われたのが不服だったのか、夜叉はじろりと鵺を見遣った。そんな視線など通用していないのか、鵺は腫れる額を前足で擦りながら何やら文句を言っている。耳元で騒がしい鵺にもう一撃加えると、夜叉は倒れる貉を蹴りやってまた歩き出した。
流石に二度も殴られるとそれ以上は痛い思いをしたくないのか笑うのも、騒ぐのもやめて鵺は夜叉の隣をのふよふよと浮いている。宙を歩いていると言う方が正しい。
「妖かしが何故、人間などを助けねばならんのだ」
「それは俺が聞きたい」
「引き受けたのはお前じゃないか」
そう鵺が問えば夜叉は渋い顔をみせた。夜叉と鵺は人ではない、それは彼らを見れば分かることだろう。鵺に至っては人の形すらしていないのだから。
時は夕刻、黄昏時まで遡る。夜叉はとある山村にたどり着いたのだが、どうも様子がおかしい。小さい村で日暮れとはいえ、人の気配がまるでしないのだ。いや、微かにするけれど皆が怯えるように息を潜めている。
おかしいと気づいた夜叉だったが長居をするわけでもないと、そのまま通り抜けよるように歩いていた。すると、どこぞの家から老爺が飛び出してきたかとおもうと足に縋りついてくるではないか。なんだと眉を寄せれば、老爺は「助けてくれ」と泣き出した。
『山の物の怪に殺されてしまう!』
老爺はそう言って聞いてもいないわけを話し始めた。山には高僧に封を施してもらった封印があったのだという。封印されていたのはやまけしと呼ばれていた物の怪で、先日の大雨で祠が崩れてしまったらしい。それから物の怪が現れて村の家畜を食い荒らし、しまいには若い娘を攫っていったと。
このままでは村は終わってしまうと泣く老爺に夜叉は「俺には関係がないことだ」と返した。ただこの村を通り過ぎるためだけに寄っただけで、助ける義理などない。冷たく言う夜叉に隠れていただろう他の村人たちまでもがやってきて頭を下げてきた。
何故、俺なんだと夜叉が苛立っていればどうやら腰に差していた刀を見て、腕が立つのではと考えたようだ。人間が下手に物の怪などに手を出すことがどんなに危険なのかをこの人間たちは知らないらしい。夜叉自身、自分は人間ではないので関係はないのだが、それを口にするわけにもいかず。とはえい、断っても泣き縋ってくる人間たちは前を退いてはくれそうにない。
夜叉が折れるほか、なかった。そして、時を戻して今、こうしてそのやまけしという物の怪を探している。そんな夜叉に鵺は「お前も丸くなった」としみじみと言葉を零す。
「荒れ狂う鬼神とまで呼ばれておったお前が人間を助けるなど」
「百年も前のことを話すな、爺か」
「わしが爺ならお前も爺だよ」
「貴様よりは若い」
そう夜叉が返せば「たかだが数十年差じゃないか」と鵺は笑う。それでも若いのは間違いないだろうと見遣れば、変わらんだろうと目を向けられた。こいつとは意見が合わないと夜叉は思いつつ道なき道を歩く。
鵺は「さっさと見捨てればいいというのに」とそれができないのを知っているに言うのだ。また殴られたいのかと睨めば、「おー、こわいこわい」と露骨に怯えたふうに身体を引く。
「そうじゃった、そうじゃった。お前は神罰を受けている最中だったな」
神罰。夜叉はなんとも嫌そうに顔を顰めてから「煩い」とだけ返した。
鵺の揶揄いを片耳に歩けば異臭が鼻を掠める。近づくほどに漂う血と腐臭にやっとかと夜叉は刀をそっと構えた。
月光が照らすは一面に広がる黒い痕、痕、血の乾いた色に散らばる肉片、骨と内臓が腐り虫がたかっている異臭の中心にそれはいた。
大人の男二人分ほどの背丈の人型で、全身が猿のように毛むくじゃらだった。くるりと振り返ったそいつは空洞の眼を向けると鋭い牙を見せながら笑んだ、その手には女子が。
「あぁ。ありゃあ、だめだ。死んどるわ」
血を流し力無く腕をだらんとたらしている女子に鵺は間に合わなかったと溜息を吐く。それは夜叉にも分かっていてなんとも言えない顔をしているが、物の怪は掴んでいた女子を捨てて飛び掛かってくる。
構えていた刀で物の怪を薙ぎ払い、斬りつける。腕を掠めた刃に呻る物の怪は牙を向けて噛みつこうと大口を開けた。すっと姿勢を低くして夜叉は勢いよく回し蹴りを喰らわせて地面に叩きつける。ぐぇっと鳴く物の怪に刀を振り上げて――物の怪は咆哮した。
強風が吹き抜けて夜叉は後ろに飛ばされるも足で堪え、刀を向き直す。ゆらりゆらりと立ち上がり空洞の眼と目を合わせれば、にやりと笑われる。あぁ、こいつはまだやる気だなと夜叉は刃に力を籠めた。
しんと静まる中にひらりと木の葉が舞って落ちる。先に動いたのは物の怪だった。地面を蹴って飛び上がり、夜叉にその鋭い牙を、爪を振りかぶる。ふわりと風が吹き夜叉の髪が靡き、刃に焔が巡って一瞬。熱く燃える真剣が両腕を焼き切り、頭をねじ落とした。
声なき悲鳴を上げて物の怪は崩れ落ち、黒い瘴気を吐き出して襲う。夜叉がたっと後ろに飛び退けば、鵺が宙を蹴って前に出る。ぐわんと猿とは思えぬ大口を開けて瘴気を飲み込むように喰らった。ずるずると水音を鳴らして啜り、美味そうに。
全てを飲み干して喰らうと物の怪の亡骸ははらはらと灰となって散っていった。べろりと唇を舐めて鵺は満足そうに笑みを浮かべて夜叉の背後へと回ると、「なかなか美味だった」と感想を述べる。そんなものは聞いていないと夜叉は無視し、倒れる女子の元まで歩む。
すでに息はなく首からは血を流していた。あぁ、どうするかと夜叉は眉を寄せてから亡骸を抱きかかえてきた道を引き返した。
第二話
第三話