見出し画像

掌編小説|贋作家

 魂のありかって、どこだろう?

 筆を止めた男は、左の絵画を模して描くそれを眺めた。名のある贋作家である男の描いたそれは、頗る精密だった。毛筆や絵具、水に至るまで再現した。如何なる鑑定にも耐えうる、完全なる贋作を創り出した。

 何もかもを模した贋作と、ホンモノの相違とは如何なるものか。あまりにも見事な腕を持つ男は、それがわからなかった。見てくれに一切の差異はない。それでも、ホンモノを求める人間がわからない。

 ホンモノとは、魂が宿っているのかもしれない。その作品を産み落とすまでの人生の軌跡を筆に乗せてキャンバスにぶちまけたそれが、魂なのだ。魂のない作品はホンモノではない。男は直感でそれを理解していた。

 男は額の汗を拭った。製作当時の室温を再現した部屋は、蒸し風呂のように暑かった。ほっと息を吐き、男はまた筆を走らせた。仕事なのだから、やり遂げねばなるまい。ただその一心で、男は筆を走らせ続けた。

 完成したそれは、紛うことなき贋作だった。ホンモノと同じだけの値がつき、買われていった。買った者は贋作にあるはずのない魂の幻影を盲信し、ホンモノであることを疑わない。生涯を全うしてもなお、それが瓦解することはない。

 男は自分の絵を描いてみた。しかし描き上がったそれは、どこかで見たことのあるものだった。まるで売れなかったので、男はまた贋作を描いた。飛ぶように売れた。

 有名な美術館に男の贋作がずらりと並んだ。貴人夫人の慧眼は、それらを眺めてほっそりと笑った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?