見出し画像

今日の朝のはなし

 もう、蝉が死んでいた。降り注ぐ蝉時雨のなかで、そいつは息絶えていた。鉄板のようなアスファルトの上にころがるそいつは、羽化のまっ只中だった。ぱっくりと割れた背中からのぞく生命の息吹が、そのまま骸と化していた。

 いつのまにかしゃがみこんでいたぼくは、そのまま顔を上げてみた。毎朝のように通る道が、ほんのすこしだけ違って見えた。そういえば、子どものころの景色ってこんなふうだったかも。もっと、地面はぼくの近くにあった。標識はうんと高くて、道ゆくオトナはみんな大きかった。なんとなく、排水溝が怖かったっけ。

 もう一度、そいつを見た。うんともすんとも云わない。蝉時雨は止まない。

 だんだん、暑くなってきた。細部までのぞいていると、なんだか気持ち悪く思えてきた。そもそも、ぼくは虫が苦手なのだ。角ばった手足がぞわぞわと蠢めくサマが、とっても嫌いなのだ。ああ、いやだ。

 ぼくは立ち上がった。膝がぱきっと鳴った。底の擦れたスニーカーで、アスファルトを踏みしめた。蝉時雨は耳障りだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?