演劇鑑賞備忘録 ~浪人たちのいるところ~
前置き
今回筆者が観劇したのは演劇ユニット「オクチナオシ」さんの~浪人たちのいるところ~
舞台鑑賞は元々好きな筆者、というのも趣味の関係や友人関係からちょくちょく誘われたり見に行く機会があったのだ(聞かれてない)
今回観劇した経緯は趣味で交流のある役者さんが出演していたからだ 舞台上で自分の好きな事をしている彼女はどう見えるのだろうか?たまにはファインダー越しでは無くて自分の目で見てみたくなったのだ
この先はネタバレをガッツリ含むので観劇を控えてる方は回れ右お願いいたします。
合格発表
物語は受験の合格発表から始まる
合格を喜ぶ冬彦くん 家族に伝えようと電話をかける中浮かない表情で一美がやってくる。「ダメでした」彼女は受験に失敗したのだ 二人の会話から冬彦が一美に好意を寄せてるのは分かる。その中で冬彦が取った行動は一緒に浪人生活を選ぶといったものだった。
、、、、、、、
いやいやいやいや重すぎんだろ冬彦!!それはダメだ冬彦!!このムーブはこの時点で色んな意味を持つのだが冬彦は理解出来てない。出来てなかったからこそこの後の物語への影響を及ぼす訳だが…
予備校生活
予備校での生活が始まった。返される模試の結果 ピリつく教室 返される模試の中で先生にコメントを読み上げられる生徒達。コメント一つ一つでその生徒の状況が分かってくる。冬彦に対してはノーコメント それもそのはず、この男は1度受験に受かっているのだ そもそも賢く1度クリアしているゲーム好きな女の為にやり直してるだけなのである。
だがここでひとつ引っかかっていた事がある。
何故先生は【出来のいい冬彦の事は褒めなかった】のか?筆者なりの解釈は同じ教室に「スプラッシュマリ…じゃなくて治が居たから」だと思っている。
先生は最初から教室内の状況を把握した上で言葉を選んでいたのではないか?筆者はそう考えている。
このパートで光っていたのはミツルである。正にダメな浪人生って感じが滲み出ていて(褒め言葉)最高だった。逆に言えばこのような危機感の無く今を楽しんでそうなタイプは余裕がある人間で闇○ちする可能性なんて皆無なのである。同じ失敗をしている予備校生の中で闇を抱えるもの、そうでないものの対比が出来上がっていた。
遥登場とド正論、そして未熟さ
ここで予備校に新たな仲間が加入する。大学中退キラキラ系女子の植野遥だ 遥の加入から物語は進んでいく その中で先生の指導方針に意義を唱える場面があった「そのやり方をやれば成績は上がるのか?」
確かに先生の指導自体は成績には何の関係もないし指導通りにやったからと言って成績が上がるわけでも下がる訳でもない。意見としてはド正論だった。
しかし先生という仕事は成績を上げるだけが仕事では無く、集団の秩序を守る事も立派な仕事の1つなのだ。生徒としての意見、先生の意図(あくまで筆者の解釈) どちらも正解なだけに悩ましい場面だった。
誕生祝いと残る謎
時系列が合ってるか分からないが一美が冬彦くんの誕生日を隠れて祝うシーンがある。ここでの疑問は一美は冬彦の事をどう思っていたのかである。
と言うのもこの時点で一美は冬彦が自分の為に予備校生になるという選択をしたと知っているのだ。
つまり優しすぎて【選択ができる側】の彼に強い劣等感を抱いていた事になる。
次の日にクラッカー事件で先生に詰められるシーンも実は仕組まれてたのではないかと勘繰っている。というのもクラッカーの残骸なんて残していたら先生にバレて怒られるのは当たり前であってその可能性を排除するのも当然なはず、わざと痕跡を残してその日が誕生日だった冬彦に先生の目を向けさせ教室から追い出すことが目的だったのでは?と…
物語の後半で遥は冬彦が眩しすぎた、一緒にいると辛いと自分の弱さを吐き出している。動機としては充分なのだ…
そんな中で一つだけ一美と冬彦の関係で分からない事がある。なぜシーブリーズの蓋を交換した???
そこだけが自分の中で落とし込めて居ない。
選べる側とそうでない側
結局の所この物語は自分で【選択出来る側】の冬彦と遥 【選択出来ない側】の治と一美 この対比が大きなポイントになっているのではないだろうか?
家庭環境や受験の失敗で劣等感を味わってる後者に対して無自覚に己の意思で光を当ててしまう前者
光が大きすぎるほど大きな影(闇)が出来るのはこの世界の真理である。弱さを判りつつも乗り越えられる人間なんて中々いないのだ その中で自分達の成功を捨てて自分達にまで手を差し伸べてくる 。自分達の弱さに気付いてるからこそ彼らの光は受け難いものだったのだろう。ヒナとゆきえに対する遥の接し方も1歩間違えばあの悲劇に繋がってたかもしれない
治闇堕ち
劣等感の塊である治とクラスの均衡を何とか保つ為に先生がやり繰りしていた中それをぶっ壊す模試の結果事件が発生する。治の自尊心をバッキバキにへし折り尖ってた自分にまで手を差し伸べてくる光
まぶしすぎて目眩がしてくる… この事件は前半のクラッカー事件と似てると思っている。
冬彦を追い出そうとして失敗
→逆に庇われてしまう一美
遥を追い出そうとして失敗
→逆に救われてしまう治
この光を追い出そうとして自らの闇を深めてしまっている所がなんとも言えないのである
※あくまで筆者の解釈です。
その中で家族から暴行を受け、劣等感を激しく持つ一美に限界が来てしまう。そこに出くわした治
治と一美は恋仲とは言わずとも高校時代から親しかった事が伝わってくる。限界に来ていた2人が事件を起こすには十分すぎるタイミングだったのだ。
起きるべくして起きた悲劇
冬彦を教室から消す。この目的の為クラス中を巻き込んで事件を実行に移した2人。結果的に亡くなってしまったのは遥だったが冬彦を消す事に成功する
2人にとって眩しすぎた2人はいなくなった。
事件後に治に問う一美 「本当は自分が自首するつもりだったんじゃないのか?」それに対する治「他の誰かに罪を着せるつもりだった」 これは本音なのか嘘なのか…本音だとしては罪を着せようとしてた相手とは…
色々考察はあるがここでは控えておく。
自分たちの弱さを理解してるが乗り越えれず。それを救おうとすればさらに闇を深めてしまう。
なんとも生きづらい世の中である。
先生の意図
物語の最後に先生は述べる。みんなに厳しく接していたのには理由がある。これに対する筆者の答えは
「自らが生徒の共通の敵になる事で生徒同士で敵をつくらせないようにしていた」では無いかと考えている。結局の所集団を団結させるのに1番効率がいいのは共通の敵を作る事なのだ。生徒間のトラブルを作らない為にやっていたのでは無いだろうか…
青春に清算は必要なのか
物語の最後、真実を告げに来た一美は告げる
「青春には精算が必要である」と
本当にそうだろうか?筆者はそうは考えない。
必要なのは精算では無く訪れた秋、冬を糧とし新たな芽を吹かせる事である。少なくとも世の中の成功してきている人間の殆どはそうしてきた人間である。結局の所、一美は真の意味で自分の弱さと向き合えていないのでは無いか?筆者はそう感じながら物語は終わりを告げた。
最後に
と長々と考察と感想を書き綴ってみたけど面白かったです!非常に!ところどころ笑いもありシリアスな展開に変わっていく 引き込まれるような物語でした。河野晴歌さんの笑顔で初めてドン引きしました。
この舞台を通じて自分が感じた事
「正論は時には正解では無い」
「優しさは時に人を傷つける」
です。
残りの感想はまたの機会にゆっくり述べたいと思います。たまにはふらっと舞台鑑賞もいいかもね。
みなさんお疲れ様でした!!