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1「チャックまに出会った日」 (02)

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■コグマ その1「キラキラした日常」

 アツギの山の奥深くに、周囲を森に囲まれた小高い丘がありました。高い山並みが向こうの方に見渡せて、その手前には近くの小川に通じる小さな滝が見えます。足元には草が生え、フカフカのみどりの絨毯のようです。春にはところどころにレンゲソウが、ピンクのかわいい花を咲かせました。

 その丘に一匹の小さいくまが住んでいました。その子供のくまには、まだ名前はありませんでした。(なぜ名前がないのか知りたければ、あなたのお父さんに聞いてみるといいでしょう。きっと知っているはずですよ。)名前がなかったから、他の多くの子どものくまと同じように、単に〝コグマ〟と呼ばれていました。
 コグマは好奇心が旺盛で、小さな虫の一匹一匹、大きな樹の一本一本の、様々なことが不思議でしかたありませんでした。ある日はお日さまが何なのかを知りたがり、またある日は風が吹くのはなぜなのか知りたがりました。そうやって、まだ小さなコグマはすごいスピードでいろんなことを勉強していったのでした。

 もちろんコグマにはお父さんとお母さんがいました。コグマは一人っ子だったので、三人家族です。

 厳しいところもあるけれど、たいがいはとっても優しいお父さんは狩りの名人。身体が大きいこともあって、川に行けばひと掻きで大きなシャケを岸に放り投げる、といった具合でした。ですから他のくまの一家が食べ物が取れずにお腹をすかせていても、コグマが腹ペコになることはありませんでした。
 そして時々、コグマを抱き上げては高い高いをしながらぐるぐる回りました。まるで大空を飛ぶ鳥になった気分で、コグマはそれが大好きでした。だからそれを「鳥ごっこ」と呼んでいました。お父さんが食べ物を獲って返ってくると、毎回コグマは「鳥ごっこ」をおねだりしました。そしてお父さんはどんなに疲れていても、喜んで「鳥ごっこ」をしてあげるのでした。

 お父さんに輪をかけて優しい上に、物知りなお母さんはコグマの一番の先生でした。コグマが何を訊いても、知らないことはありませんでした。虫や動物や草や樹のことはもちろん、お日さまは空にまあるく開いた穴で、そこから暖かい空気がこの世界に降り注いでくるのも知っていましたし、風が吹くのは空に浮かぶ雲が〝ふいご〟のように空気を吹き出すからなのだということも知っていました。

 コグマは、仰向けになったお母さんのお腹の上に寝そべってお話を聞くのも大好きでした。お母さんのお話の多くは楽しくて面白いお話でしたが、時には怖い話もありました。「あなたのおじいさんは人間の里に近づきすぎて、鉄砲で撃たれて死んでしまったんだよ。人間たちはひ弱な生きものだけど、なるべく近づかないのがいい。近づかなければ向こうも襲ってこないからね」そんな話を聞いた夜は、コグマはお父さんとお母さんの間に入って、二人にピッタリと体をつけて寝るのでした。

 コグマが生きていくのに一番大事なのは、狩りのしかた。「食べ物の獲り方を覚える」ことです。何しろお父さんとお母さんは、どんなに長生きしていても必ずコグマより先に死んでしまうし、コグマがおとなになった時には食べ物をいかに確保できるかで結婚相手の良し悪しも決まってしまうのです。他のほとんどのくまより狩りが上手いお母さんと、それよりも更に上手いお父さんの手ほどきを受けているのですから、早晩コグマも他の誰よりも上手くなるに違いありませんでした。

 とは言え、今はまだまだ初心者です。体を使う狩りは、頭だけの知識のようにはすぐには身につきません。たまにお父さんの狩りについていっても、何一つうまく獲れず、コグマはいつもがっかり。そんな時お父さんは、コグマに隠れて軽く踏んづけたトカゲをそっとコグマの横に置いてあげました。お陰でコグマは最後にはお母さんへのお土産を捕まえて、意気揚々と笑顔で帰ることができたのでした。

 こんな風にコグマの毎日はまるで宝石箱のようにキラキラしていて、どっしり地に足がついていて、永遠に続いていくかのように見えました。

03につづく

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