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富士山を制した子どもたち。

日本一の高さから見渡す景色は、確かにそこにたどり着いた者だけが味わえるものだった。

「見て! 雲が早い!」

地上3776mのさらに上空を雲が吹き抜けていく。あまりの勢いに、自分の身体が持っていかれそうになる。

そこかしこで、カップラーメンをすすったり、行動食を食べたり、親と一緒に記念撮影をする子どもたちの姿。小学1年から3年の子どもが27人。誰ひとりリタイアすることなく、富士山の頭頂に成功したのだ。

その中に、ぼくと、小2の娘の姿もあった。

「はーーー、すーーーっ」
うつろな目をしながら、一生懸命息を吐き、そして吸う。高山病にならないための呼吸の大切さは、ずっと言われ続けていた。

グッタリと座りながら、娘はその呼吸法を繰り返している。標高は3000mを越えている。少し下の8合目の休憩時は元気いっぱいだったのに、限界は直後にやってきた。

「ちょっと頭痛い」

空気が薄い中、延々と岩場を登って行くのは大人でも大変だ。頂上は目前とはいえ、子どもたちの顔もだいぶ疲れてきている。

娘の背中をさすりながら、ぼくも深呼吸する。
幸運なことに、最高に恵まれた天気。空は真青に晴れ、寒くもない。眼下にはたくさんの山々、そして山中湖。もう、充分に絶景だった。

薬をもらい、娘も少し落ち着いた。

「よーし! それじゃ休み過ぎないように行くよ!」

先生の声がけに重たい腰を持ち上げる。
ゆっくりゆっくり、登って行く。

娘の通うスクールの恒例行事。富士登山。
3年に1度、在学中に2回、子どもと親が総参加する。

大変なのは子どもだけじゃない。
普段運動不足な保護者たちも、戦々恐々としながら臨む。全員がリタイアせずに登頂するのは至難だ。

過酷な行事だからこそ、安全が何より最優先される。
子どもたちも、保護者も、毎回途中でリタイアを余儀なくされる人が出る。絶対に、無理はさせない。

期待3、不安7くらいのドキドキを背負いながら総勢60人の一行が登山をした。

子どもたちが先行するその後ろを、保護者がついていく。
小さな身体で坂を上がり、岩を登って行く姿を見上げながら何度も胸が詰まり、込み上げてくる。

登るのが遅れてくる子を、みんなが励ます。
「がんばれー!」「もうちょっとで休憩だよ!」「ゆっくり登って行こう!」「呼吸忘れないで!」

自分たちだって油断はできない。
子どもががんばっている中、自分がリタイアなんてことになる訳にはいかないのだ。

最後の白い鳥居が見えてきた。あそこが頂上だ。

「はーー、すーーー」
呼吸をしながら、娘は一歩を踏み出した。
すぐそこに見えているのに、鳥居はなかなか近づいて来ない。

「頂上ついたら、カップラーメン食べようね」

子どもたちは、頂上で食べるカップラーメンを楽しみにしていた。

「うん、たべる」

娘も例外じゃない。
頭頂の絶景より、記念撮影より、子どもたちのモチベーションを上げてくれるのはカップラーメンだ。

先行する子どもたちが、次々に鳥居をくぐり始めた。
ぼくたちも、あと少し。

「リュック持つ」

娘がぼくの方を見て手を差し出した。
途中からぼくが持っていた娘のリュック。だけど最後はちゃんと、自分で背負ってゴールすると言う。

さっきまで、一歩を踏み出すのさえフラフラしていたのに。娘はゴールに向けて、自分の力で登り切ろうとしていた。

「よし」

娘にリュックを渡す。
大きく深呼吸をして、歩き出す。

ゴールの鳥居は、ちゃんと近づいてきた。
踏み出せば、必ず一歩、前に進むのだ。

自分の足で歩き、日本一の高さにある鳥居をくぐる小さな背中は、なんだかとても大きく見えた。


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三木智有|家事シェア研究家
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