見出し画像

”法務”は専門性として活かし続けられるのか(その1)

企業の法務部門で働いていると、社内のコーポレート組織/スタッフ組織以外の人からは「君は法務で経験積んできていて既に確立された専門性があっていいよね」「これからも法務の道で生きていけるよね」などと言ってもらえることがありますが、個人の感覚としては法務を一つの専門性と認識するにはスコープが広すぎるような、ぼんやりしているような感覚があり、ピンと来ていません。

まして、ChatGPTに代表される生成AIやデータ利活用の高度化が進むにつれて、知識をストックしているという意味での「専門性」は、陳腐化していくスピードが速くなっていく中で、法務という専門性は果たしてどういうことを指すのか、そしてそれは今後どのように活かしていけるのか、解像度を上げておきたいと思いました。

そこで何人かの方が推薦していたこちらの本を読みながら、自分自身で考えたことを書いてみたいと思います。



専門性とは何か

この本では専門性の定義を試みていますが、その前段階として以下の記載があります。

真面目に普通に努力していると、だいたいの人は「平均点」付近に集まってきて「コモディティ化」することになりますので、同じ土俵に立ってガチンコ勝負で並外れたパフォーマンスを出せる自信がない限りは、どうすれば自分の土俵をつくれるかということを考えたほうが賢明といえます。

替えがきかない人材になるための専門性の身につけ方 第1章 p.28

法務という範囲で見ると(その線引きにはよるものの)、第一線で本当に半端ではない積み重ねの上で「その道のプロ」である先生方がおられる中で、自分は「ガチンコ勝負」をして勝てる自信なんか全くないわけで、自分は自らの土俵づくりをする方向に舵を切るべき人間だと思うわけです。

「専門性」が求められる時代

では、その「自分の土俵」として何を設定するかが重要になるわけですが、この本の著者はAIの技術の発展を踏まえて、以下のように述べています。

ビジネスパーソンが取るべき選択肢は、AIが進化してもできないと思われる領域の専門性を身に付けていくことです。自分の頭を使って生み出す知識がビジネスの成否を分ける時代に、人工知能が脅威になるのを常に意識する必要はありますが、AIの進化を最大限に活用して、人間ならでは自分ならではの強みを磨くことが、キャリアを切り開くための最善手になります。

替えがきかない人材になるための専門性の身につけ方 第1章 p.42

AIは既存の情報やデータを高速で読み取ったり探索したりすることに優れているわけですから、ある分野の専門知識を有している=知識をストックしている、というのは遅かれ早かれやはりAIに代替されていくものです。

(なお、現状はChat GPTなどに法務業務に関する質問を問いかけても、法務に関する必要な情報を十分に学習できていないことから、満足いく水準の回答は得られることの方が少ないですが、この点は信頼できる情報を学習させたモデルの登場や、自組織での追加学習を行うなどによって、より精度の高いものになっていき、次第に解決していくことと思われます。)

著者がここで「自分の頭を使って生み出す知識」という表現を使っていますが、これは断片的な情報を組み合わせて新たなアイデアを創出すること、そしてその結果生まれたものを「自分の頭を使って生み出す知識」と言っています。

そうなると①ただの情報を組み合わせて価値を生み出せることができるようになる、②その材料となる知識の幅を広げておく、の2つが重要であるということになります。詳しい領域を増やして、複数の専門領域の掛け算ができる、そのパターンが多くなる、ということを目指すことになります。

「専門性の身につけ方」が武器になる

その上で著者は、自分自身の知識の幅を広げるにあたって、専門性の身につけ方そのものにフォーカスをしています。

新たな専門分野が次々と出てくる知識社会において、簡単にAIに取って代わられないようなレベルの専門性を、よりスピーディーに自分のものにしていくためには、専門性を身に付ける「型」を習得することが、きわめて重要だといえます。

替えがきかない人材になるための専門性の身につけ方 第2章 p.99


専門性を身につける方法を知ろう

そしてここで本書の肝です。「専門性」とは何かについて、以下の通り述べられています。

専門性とは「専門知識を知っているかどうか?」ではありません。(中略)ただ「知っているということだけでは、ChatGPTが猛威を振るうような時代においては、全く価値を生まなくなります。
(中略)
「どうすれば専門知識を効率的に得ることができるか?」といった消費の仕方ではなく、「専門知識はどうやって生み出すことができるか?」という生産の仕方を理解することが重要です。

替えがきかない人材になるための専門性の身につけ方 第3章 p.125

つまり専門性とは「専門知識のインプットができていることではなく、専門知識を使ったアウトプットができること」と定義しています。その意味ではそのための「型」もインプットではなく、アウトプットも含めたものを身に付けることが重要だと主張されています。

専門知識とは「構造的な知識」である

そしてアウトプットの前段として、バラバラな知識を「体系化された知識」へと昇華させるための「構造化」が重要と説きます。本書ではその構造化の方法についても言及があります。例えば、一つの領域について、構造化の切り口は複数ありえるため、既に構造化されているものを別の切り口で再構築する、ということも知識を体系的に理解する助けになると書かれています。

ここは普段の業務で取り組んだものについて、後から資格試験で勉強する、というアクション。私は関連知識の定着、周辺領域の理解のために意味があるものとは考えていましたが、アウトプット(その知識を他の知識を組み合わせて新たなアイデアを創出する)の前段階としても非常に良いアクションだ、ということにもなると気づかされました。

新たな専門知識を創造する「研究」

本書の後半は全てこの部分に充てられています。アウトプットを出来るようになるためのステップとして以下3つを立てています。これらは大学院で行われる「研究」と近い営みだと述べられています。

  1. 自分らしい問いを立てる

  2. オリジナリティを発見する

  3. 多様な意見を尊重する

特に問いの立て方は重要で「どういう問いを立てるか」が「専門性をどの方向で深めていくか」と直結しています。本書でも詳しく書かれていますが、そちらを読んで考えたことはまた別の記事で考えたことをまとめてみたいと思います。

企業法務という仕事で考えると

ここで元の問題意識に立ち返り、企業法務という仕事について考えてみると、企業法務の業務で活用する知識(単なる情報という意味でのそれ)自体は一つ一つを習得することが無駄ではないが、それらを習得する過程で「その習得の仕方」自体もブラッシュアップをしていく必要があるのだと思います。

また知識習得の過程で、どうしても「目の前の業務が遂行できるようになれば十分」と自分で線引きをしてしまい、周辺知識の習得をやめてしまうことがありますが、その線をできる限り奥に引いて、周辺知識も習得することが肝要と考えます。ただここではその周辺知識を覚えるというレベルではなく、一度理解するという程度で良いはずです。(記憶はAIやコンピュータに頼ればすぐに引き出せる=代替できるようになるので。)

そしてここでいう「理解」は、単に断片的に理解するにとどまらず、「構造化」して理解すること、できれば再構造化という営みを行うこと、まで取り組むと良いということになるかと思います。それをすることで、アウトプットできる=新たなアイデアを創出できることまで含めて「型」として身に付けていくことが重要、ということになります。

私自身、インプットは繰り返しトライする中で自分に合った方法を確立しつつある感覚を持てていましたが「どうやってアウトプットにつなげるか」「そのインプットした知識を基に新たな価値を創出できるか」といったところまでは「型」化できている感覚がありませんので、このあたりは今後チャレンジをしてみても面白いかなと感じています。


思ったよりも記事が長くなってしまい、書籍の後半までたどり着けなかったので、そちらは別の記事にしたいと思います。

紙媒体はこちら

Kindleはこちら

いいなと思ったら応援しよう!