排出権商人 Kindle版
圧倒的な取材量で読者を常に楽しまさせてくれる黒木亮さんの小説なので購入・読了。黒木さんは、小説の中で読者に新たな知識を提供したい、という意気込みをインタビューで語っていらっしゃるだけあって、どの小説も読んでいて非常に勉強になる。
この小説のストーリーとしては、40代の日本のエンジニアリング会社に勤める女性が排出権ビジネスを新興国(中国)で立ち上げ成功させる、というものである。
女性が男社会の中で、苦労しながらも、新規のプロジェクトを成功させ、最終的には親会社からLBOで分離された新会社の社長になるという物語である。
以下が排出権取引のポイントである。
・排出権はヨーロッパ主導でつくられたもの。そのため、彼らが儲かるような仕組みになっている。例えば、京都議定書で定める二酸化炭素排出量の基準年は1990年になっているが、同年ドイツは東西統一を果たしており、熱効率の悪い、二酸化炭素を多く排出する東ドイツを抱えていたため、東ドイツを効率化するだけで、削減目標の達成は容易である。
・日本は、オイルショック以降、急速に省エネを進めていた。京都議定書策定の際(1997年)、既に二酸化炭素を他国に比べてある程度削減していたため、実力から考えると、削減目標が高く、ババを引いている。
・またアメリカは、同議定書から離脱している。クリントン大統領(当時)は、議会は共和党が多数だったため、批准しないと予想していたのではないか、とも言われている。
・CDMとは、京都議定書において削減義務を負っている国(主に先進国)が、削減義務を負っていない国(主に途上国)において排出権削減のためのプロジェクトを行うことにより、CER(認証削減排出量)が発行される仕組みのことである。本物語では、このCERを獲得するために、主人公が悪戦苦闘する。
・排出権削減のためのプロジェクトに対する公的機関による融資もあり、その判断には、「追加性」が重要となる。つまり、①そのプロジェクトにより実際に二酸化炭素が削減され、また、②そのプロジェクトは二酸化炭素排出権取引による利益がなければ成り立たないものでなければ、融資は実行されない。
本書では、排出権プロジェクトに悪戦苦闘する主人公はもちろんのこと、プラント会社(連結外しと工事進行基準の悪用を行い粉飾決算を行う)に対して空売りを仕掛ける空売りファンドも登場し、読者を飽きさせない(黒木亮さんの読者が金融が好きな人が多いと思うので、その点にも気を配っていると思う)工夫が凝らされている。
二酸化炭素の排出により地球が温暖化しており地球環境を守っていかなければならない、という言説は至る所で見かけるが、その裏側で、排出権取引というものがこういった仕組みでなされていることに驚いた。
直近では、テスラが排出権クレジットで大きな利益を叩き出しており、こういった取引により自動車会社のプレーヤーの勢力図が変わる等、自動車業界にも大きな変化が発生している。
やや古い小説だけれど、地球環境問題の裏側にあるビジネスを読みたいと思う人にはお勧めである。
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