猫町ふたたび①
「猫を飼ったことはありますか?」 「いえ、ありません。飼いたかったのですが、家にお金がなくて。飼えなくて。飼えるなら一緒に暮らしたいと思っていました。」 「住み込みで猫の世話をして欲しいのですが、ご家族も一緒に引っ越しできますか?」 「できます!すごく助かります。嬉しいです。母も妹も喜びます。」
そう就職試験の面接で答えた。
求人募集にあった条件。 猫好きなこと。住み込みができること。
中卒の僕でも就職できる。しかも公務員だ。 うちはシングルマザー。僕は中学を卒業後、高校には行かずにバイトをしようと思っていた。勉強がそんなに好きじゃないからだ。 小学生の妹には、好きなものを買ってあげたい。仕事をかけもちしている母さんにも楽をさせてあげたい。しかも住み込みする施設の家は、今のアパートよりも広い!家に住めて、賃貸料はなし!!
何より好きな猫の世話でお金がもらえるなんて。ダメ元で応募してみた。
そして、受かった!!
夢のようだ。夢のような日々が過ぎて…今も過ごしている。
母さんは、僕の働く「猫の家」の臨時職員として働くほかに、併設されている児童養護施設と高齢者向けのグループホームの職員としても働いている。と言っても時間的にもお金的にも余裕ができた。なので、休日には家族で外食したり、買い物に出かけるようになった。笑うことが増えた。
妹は最初、友達と別れるのを悲しんだ。「隣町だから、また会えるよ。」となだめた。 でも、すぐに新しい学校にも慣れたし、児童擁護施設の子達と兄弟のように暮らしている。今まで家に帰っても一人。寂しかったんだろう。 自分の部屋もあるしね。猫とも暮らせるし。 「お兄ちゃん、良かったね。」と夕飯を食べていると何度となく言う。「ここで良かったね。」と。
ふと、僕は面接の時にいたうちの家長…あっ、うちの課は「猫の家」という名前なので、課長にあたる役職は「家長(かちょう)」…飯塚家長に聞いた。
「なんで僕を採用してくれたんですか?猫も飼ったことがないのに。」と。
「あいがあるからだよ。」と。
指でiの字を書いた。
「君は、井下 貴一、いしたきいちで英語にするとiがいっぱいあるだろう。僕の名前もいいづか いつき。僕が県外から採用された時も市長に言われたんだ。iがあるからって。僕は両親を早く亡くして、祖母と叔母に育てられた。その時に飼っていた猫の話を面接の時にしたんだ。それで猫好きとわかったって。君も採用条件の猫好きを満たしている。猫を飼っていても不適切な育て方をする人より、猫が好きで大切な存在として育てられる人の方がいい。君は面接の時に飼いたいではなくて「一緒に暮らしたい。」と言ったよね。」
僕は泣きそうになった。 僕の些細な言葉を聞いてくれた人がいた。 受け止めてくれた人がいる。 特に取り柄のない僕の、数分会っただけの僕のこと、中学生の僕のことを一緒に働く人としてみて話を聞いてくれていたんだ。
そう思うと嬉しくて、たまらなかった。