私の赤・あなたの赤4
「いらっしゃい!あら、お兄さん、久しぶり!」
確か西田君って言ったっけ。カウンターに置いた教科書に書いてあった。大学生なのに名前を書くなんて、真面目な子なんだろうなと思った。
「今晩は。コロナで授業がリモートだから。バイトばかりしてて。そこの賄いを食べてたんです。」と言って、西田君はいつものようにカウンターの端っこに座った。
「今日はお兄さんはどうする?日替わり?」と声をかけた。私も60を越して、名前を間違えてしまうこともあるから、若い子はみんなお兄さんにしている。
「はい!」と西田君は答えた。 「今日はバイトがなかったの?」と聞くと、「そうなんです。久しぶりにここのご飯が食べたくなって。」と返って来た。
「あら、やだよ!嬉しいじゃない。いつでも来てよ!」としばらくの間、何というわけでもなく世間話をしていた。
「はいよ!今日は赤魚の煮付け。」とお膳を出すと本当に嬉しそうに「ありがとうございます!」と目を輝かせた。
そして、「あの、もし…。あっ。もし、赤い色と言うとどんな色を思い浮かべますか?」と西田君が聞いてきた。
「赤…そうだね。」と目にした先に造花の椿があった。
「椿かな。実家の椿。大きな木でね。あの赤かな。冬でも葉っぱが艶やかで、しっかりしてて緑と言えば、椿の葉っぱ。その緑の中に真っ赤にね。すごく綺麗だった。実家はね、田舎でどこの家にも椿があったんだよ。でもね、うちの椿の木は本当に大きくて。遠くからでも見えたの。学校から帰る時も、あっ!見えて来た、もう少しで家だって思ったんだよね。」と伝えた。
点のように見えた花が、徐々に花弁の輪郭がわかるようになり、そして家に着く。 ほっとしたなぁ。
「へぇ。椿か。そんな大きな椿、見てみたいです。」と西田君は美味しそうに食べながら答えた。
今年もたくさんの花を咲かせたことだろう。 椿の花が終わると春が来る。