猫町ふたたび②
「おーい!来たぞ!」と「ますさん」こと高齢者施設に入所している増田さんが、夜間の猫の世話にやって来た。
「お疲れ様!水の交換をお願いします。」と僕はますさんにお願いした。 「はいよ。貴一は勉強頑張れや!」と僕にはっぱをかけた。
飯塚家長には、本当に感謝している。あの時「貴一君の夢を叶える切符になるかもしれないよ。」と言ってくれたから。
僕のように中卒が入庁したら、本人の意志次第で、この市は高卒認定が取れるように通信か通学をさせてくれる。
僕は勉強よりも仕事に専念しようと思った。 でも飯塚家長が言ったんだ。「貴一君は15才だ。これから先、もしかしたらやりたいことが出てくるかもしれない。高卒認定は貴一君の夢を叶えてくれる切符になるかもしれないよ。」と。
お父さんに言われた気がしたんだ。 お父さんがいたら、こんな風に言ってくれたのかも…と。
それで、僕は通信で勉強をすることにした。
僕に勉強を教えてくれるのは、田中さん。 定年後に再任用で働いている。中卒者には必ずサポート役がつく。いつでも一緒だ。
書類の作り方から接遇、名刺のやり取りの仕方!なんでもござれ!だ。
田中さんは穏やかで面倒見が物凄く良い!だから、授業でわからないことも仕事が終わった後に教えてくれる。
今日は田中さんはお休みだったので、僕は一人で勉強していた。
「にゃーちゃん、今日もべっぴんさんだね。」とますさんの声が聞こえてくる。
ますさんも猫が届けられた一人だ。僕の仕事の一つ。この町では、何か問題(課題)を抱えている人にこの「猫の家」で育った猫を届ける。
猫と暮らすことで、人は変わる。考え方が変わるんだ。
ますさんは奥さんに先立たれて、一人暮らしになり、痴呆症の初期症状が出始めた。心配した民生委員さんから連絡があり、三毛猫を届けた。
人懐っこく賢い三毛猫のお陰で、数週間でますさんは元に戻った。猫が大好きになった! そこで、施設に空きが出たところで入所して、「猫の家」で夜間の仕事をしてくれている。支払われるお給料で、猫や僕や妹におやつなどをくれる!?
「ますさん、いつもありがとう!でも自分のものや家族に何か買いなよ。」と僕が言ったことがある。
ますさんは一瞬動きをとめて、いつもの笑顔を見せて言ったんだ。
「俺には家族は猫だけだ。貴一たちも孫みたいなんだよ。させておくれ。」
僕は戸惑った。孫という立場になったことがなくて、わからなかったのだ。
それを嫌だとますさんは受け取ったのか「何か問題があったら、忘れ物だって言やいいや。いや、寄付だ!寄付!勝手にやってんだから気にするな。」と。
「今日も猫たちは、みんな元気だな。明日の配達の準備をしておくよ。」とますさんが僕の家のドアを開けて入って来た。
そこで妹と一緒に僕は「はい、ますさん。いつもありがとう。敬老の日です。これからもよろしくお願いします!」と言って、リボンがついている箱を渡した。
「ええ!いいのかい?こんな…嬉しいよ。」
「開けてみて。私が選んだの。」と妹。
そこには、猫の絵のタオルと靴下があった。 「わぁ!いいね、いいね。可愛いの選んでくれたね。すごく嬉しいよ。ありがとね。ありがとね。」とますさんはいつまでも妹の頭を撫で続けた。