猫町ふたたび⑥
「とらさん!ご飯だよ。」と僕は老猫のとらさんにキャットフードを差し出した。
面倒くさそうに起き上がり、カリッと2口食べてまた寝てしまう。
もしかしたら、とらさんも最期が近いのかな。
「も」と言ったのは、とらさんの飼い主のゲンさんも末期のガンだからだ。ゲンさんが入院するので、とらさんがうちに来て2週間。
そろそろ場所に慣れても良い頃だけれど。食欲もない。
「こんにちは!」と若い男性が事務所のドアを開けた。「とらという猫はいますか?」と彼は言った。
「ここです。どちら様でしょうか?」と僕が尋ねると「私は村田ゲンの孫です。おじいちゃんが危なくて。最期に会わせてあげたいのです。」と頭を下げながら男性は言った。
「ゲンさん、来たよ!とらさんも連れて来たよ。」と病院のベットの上で酸素吸入器に繋がれているゲンさんに僕は声をかけた。
ゲージに入れたり、万が一、逃げても大変なので、扱いに慣れている僕もゲンさんのところへ同行することにした。
「ほらゲンさん、とらさんだよ。」とゲージから出したとらさんを手のところへ。
とらさんの頭に手が触れた時、ぴくりともしなかった指が動いた。そして、瞼がうっすらと開いた。
「おじいちゃん、とらさん!ほら来たよ!」とお孫さんが励ますように伝えた。
ゲンさんの口がかすかに動いた。
「なに?」とお孫さんが言うと「かつぶしまんまくってるか?」と。
とらさんがゲンさんの手をペロペロと舐め始めた。ゆっくりとゲンさんが頭を動かした。うんうんと言っているようだった。
「ご家族のみで。」と看護師さんに言われて僕は病室の外へ出た。
そっか、かつぶしご飯だったのか。 ゲンさんはとらさんにかつぶしとご飯をあげていたのだ。キャットフードの方が猫の体にも良いけれど、慣れた味が食べたいよね。 きっと僕が大金持ちになって、キャビアとかフォアグラとか食べられるようになっても、やっぱり餃子とかカレーの方が食べたくなるんだろうな。
そんなことを考えていたら、病室のドアが開いた。「お亡くなりになりました。」と看護師さんが呟いた。
僕が病室に入ると、とらさんはゲンさんの胸の上に丸まっていた。目は物悲しげだった。うずくまり、ゲンさんの体温を感じているようだった。
消えゆく温もりを、その温かさを忘れないように。とらさんは身体をぴったりとつけていた。
「処置をしますので、ねこをどけてもらっても良いですか?」と医者に言われた。
「とらさん、ごめん。」と僕はとらさんの脇に手を入れると「にゃ」と短くとらさんは鳴いた。
でも抗うことなく、ゲージに入った。そして、また丸まった。悲しみを抱き締めるように。
僕は事務所へと車を走らせた。
帰ったら、とらさんにかつぶしご飯を食べさせよう。ゲンさんと食べていたご飯。懐かしい味を。