猫町ふたたび⑤
しげさんの名前をその後見たのは、新聞でだった。
新聞のおくやみ欄にしげさんの名前があった。
「田中さん!しげさんが。」と僕は隣の田中さんに記事を見せた。 「おっかさん達のこともあるから行こう。」と田中は顔をこわばらせて、立ち上がりながら言った。
「いつもありがとうございました。母の我儘で何度も猫を取りに来ていただいて。」としげさんの家にいた娘さんが僕たちに言った。
「私達のところにおいでって、何度言っても母は猫がいるからって。最後も猫達と一緒だったそうです。お隣さんが猫がいつもと違って鳴き続けていたので覗いたら、縁側に母が倒れていて。その側で子猫が鳴いていたそうです。母猫は母のそばにじっと座っていたそうです。」と言ったところで、娘さんの目から涙が溢れて来た。
「母のかわりに猫をここで育てたいけれど、娘の学校もあるし、家を建ててしまったから、ここも売ることになると思います。猫を連れて行くこともできなくて。不甲斐ないのですが、引き取っていただけますでしょうか。」としげさんの娘さんは僕たちを見た。
「あの。」と声がして振り返るとしげさんのお隣の松田さんがいた。
「もし良かったら、私がしげさんのかわりをしてもいいでしょうか?しげさんのお庭に入って良ければ、いつもの場所に餌を置きますよ。おっかさん達がここからいなくなるのが寂しいんです。この景色から、しげさんもおっかさん達もいなくなるのが。」と松田さんの目からも涙が溢れた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。母は本当に幸せでしたね。ここにいて。幸せだったんですね。ありがとうございます。」としげさんの娘さんはハンカチで顔を覆って泣き続けた。
なんてことだ。
と僕は思った。ここに住む前の町では、隣の人の名前もわからなかった。だから、その人がその景色から消えても何とも思わなかった。
でも、しげさんがいたここは。 隣の人がしげさんの普段の過ごし方を知っていて、いざという時に手を出し、しげさんがそこから消えることに涙する。そして、大切にしていた猫を飼ってくれると言う。しげさんと同じように。
「人ってさ。最後がなんとなく、わかるんだってよ。しげさんもさ、わかってたんだろうな。だから、子猫を残したんだろうね。しげさんがいなくなって、おっかさんが寂しくないように。しげさんは一人だったから、一人になる寂しさがわかったんだろうなぁ。」と田中さんがぽつり、ぽつりと呟いた。
しげさんの手を振る姿が脳裏をかすめた。
僕は最期には何を残すのかな。
そう思いながら、頭の中のしげさんに手を振った。