私の赤・あなたの赤⑨
人生思う通りにはいかない。 思う通りでないのが人生と思えば、想定内ということか。
僕は、あれからずっと振り返っている。
ふと後ろを振り返ると「青」の子がいるような気がするのだ。 電車の改札を通った後、信号待ちをしている時、バイト先までの道すがら…。
体だけじゃなく、心?頭?思考かな?も振り返りばかりで。 バイト先の店名を言えば良かったとか、ライン交換すれば良かったとか、せめて名前ぐらい聞けば良かったとか、やっぱり「青が好き」と言えば良かったとか…。
「おい、ナツメって知ってるか?」と店長が話しかけてきた。「ナツメってさ、枝になってる時は真っ赤なんだよな。若さのある赤。でもさ、干すとこんなに艶っぽい色になるんだよな。ボルドー色っていうんかな。太陽を浴びて皺ができるのに見た目もそそるし、美味しそうだろう?すごくない?」
「店長は、ナツメがよっぽど好きなんですね。」と僕が言うと「うん。大好きだよ。オヤジのくせにと言われようが、誰が何と言おうが大好きだ。」と威張って言った。
ナツメの色は移ろい、店長の思いはゆるぎない。
「ときぐすりって知ってるか?時間の薬って書くんだ。時薬。時という薬が解決してくれるっていうことなんだ。」と店長が後ろ向きに棚からコーヒーカップを下ろしながら言った。
僕はテーブルを拭いていた手を止めて、店長を見た。
「上手く伝わらない時、誤解されてさ、どうしようもない時とかさ。時が経つのを待つしかない時もあるんだよね。でもさ、俺は本当のことを、言わなきゃいけないことを、ダメ元で話すようにしてるんだ。それでも伝わらなかったり、話すチャンスがなかったら、時薬って思うことにしてるんだよね。」と店長は、相変わらず後ろ向きで語った。
「時薬…即効性はないけれど、優しい薬ですね。」と僕は再びテーブルを拭きながら、言葉を返した。
僕もいつかきっと伝えたい。本当の言葉を。