私の赤 あなたの赤2
「すみません。ここに行くにはどうしたら良いでしょうか?」とバイト先のカフェの入口を掃除していたら、声をかけられた。
振り返ると60代くらいの初老の女性が立っていて、住所と簡単な手書きの地図が書いてある紙を僕に見せていた。 僕は覗き込むとここから3分くらいのところだった。
「何って目標がなくて言いづらいから。3分くらいですから、すぐそばだから、一緒に行きましょう。ちょっと店長に話してきますね。」と伝えた。
歩き始めると「本当にありがとうございます。この辺りをさっきからぐるぐると回っていて。娘の家なんです。アパート。離婚して実家にいたのに、ぷいっと。もう10年かしら、音沙汰なくて。でも夫がね。余命いくばくもなくて。それで会わせてあげようと。」とその女性はとめどなく喋り続けた。
沈黙が来ないように喋っているのかと思ったけれど、そうでなく…。自分を奮い立たせているようだった。娘に会うんだと。会わずに帰らないようにと。さっきまでぐるぐるしていたように。
僕はふと「あの」と言葉が一瞬途切れた時に声を出した。 「あなたの赤はどんな赤ですか?」と。
女性は一瞬にキョトンとしたけれど、すぐに「そうね…そうね、梅。紅梅。そう紅い花の梅。」と答えた。
「紅梅。」と僕が言うと「あの子がね、ちょうど今時分、ひな祭りでしょ。桃の節句じゃない?でも桃はまだ咲かなくて。紅梅が咲いているの。それを見て、小さなあの子が桃だ!って喜んでたの。お雛様の桃が咲いてるって。」と懐かしむ様子で話してくれた。
「ここを真っ直ぐ行ったあのアパートです。」と僕は指でさした。僕の役目はここまで。ここまで来れば大丈夫。あなたなら行けます。」と伝えるとパッと顔を輝かせて、「ありがとうございました!」と深々と頭を下げて、そしてアパートへと進んで行った。
僕も踵を返し、バイト先へと急いだ。振り返ると先程の女性がドアのインターフォンを押すところだった。
「紅梅か。」僕は可愛らしい小さな花の群れを思い浮かべた。