私の赤 あなたの赤①
「入口ならこっちだよ。」 と医者の看板と垣根と閉まった自動ドアを行ったり来たりしている男の子に声をかけた。
「壊れてて、今はこっちから入ってるんだ。」と伝えるとその子は、ほっとした顔で「ありがとうございます。初めてでわからなくて。」と小走りに近寄りながら言った。
今どきの細っこい男の子だ。昔ならもやしっ子って言われたろうな。なんだか頼らなくて、手を貸したくなる感じだ。
「俺は東京に出て来てから、もう20年かな?風邪をひいたり、なんかありゃ、ここに来てるんだ。ここの薬が合うみたいで、すぐ治るんだよ。」と受付に行くまで、なんだかんだと話した。
その子は受付を済ますと先に待合室のソファに腰かけていた俺の隣に来て座った。人懐っこい子だ。その子が栃木から大学に通うために上京したことや俺が茨城出身で小さい頃に親に鬼怒川の温泉に連れて行ってもらったことを話した。
ふと会話が途切れた時、その子が何か言いたげだった。「ん?」と俺が言うと。その子は、「あの。もし良かったら。」と一呼吸置いてから「あなたの赤はなんですか?」と。
「ん?」と俺は聞き返した。
男の子は、「あっ、赤と言われて何を思い浮かべますか?」と言い直した。
その瞬間、何故だか親父の姿が浮かんだ。工事現場でせっせと働く親父。昼も夜も。俺や子供達、母さんやばあさんを養うため。
「赤。赤って言えば、工事だ。工事現場のコーンとか赤信号とか。見に行ったことがあるんだ。親父の現場に。親父は工事現場で働いてて。小学生の時だったかな。汗びっしょりになって、真剣な顔した親父がいたよ。」と俺は語った。
「西田さん。西田健さん、保険証を返します。」と受付の人が呼ぶとその子が「はい。」と言って立ち上がった。
看護婦が「田中さん、診察室へ。」と俺を呼んだ。
受付から戻った男の子に俺は「じゃ。」と手を上げた。男の子は笑顔で会釈した。
ずっと忘れてたな。親父の働くところを見に行ったことなんて。鬼怒川の話なんかしたから思い出したのかな。今度、墓参りに行こう。
そう思いながら、診察室へ入って行った。