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いつの日か #1

佳奈の閉じられた瞼がぴくぴくと動いた。
僕は佳奈の細い手を握る。まるで、骨のように細い指は少し動かしただけで、折れそうだ。
佳奈の薄い紅の唇に僕の唇を合わせる。冷たい唇は「死」を感じさせる。僕は生きていて、佳奈は半分死んでいるようだった。もし代われるなら僕が死んだ方がましだった。

あなたの夢は? と佳奈が聞いたが、僕は答えなかった。なんで答えないの? だって恥ずかしいから。いいじゃない。夢は? 僕は渋々カメラマンだと言った。でも、何回も賞に投稿しているのに賞はとれなかった。仕事をしながら、僕は何回も何千回もシャッターを切っていた。いつの日か、あなたはプロになれるわよ。と佳奈は微笑みながら言った。僕は、「なんの根拠があるの?」と言った。「女の直感よ」と笑った。佳奈は看護師を続け、僕の貧しい生活を支えてくれていた。

佳奈は百万人に一人という奇病に侵された。人の心臓が石化して固まっていくという病だ。突然、動くと佳奈は息切れをしだした。「変ね」と言って、口から吐息を漏らす。「どうしたの?」と僕が言うと、佳奈は「ん? 何故かしんどくて。仕事で疲れているのかしら」
と微笑みながら言った。僕は今でも覚えている。その悲し気な顔はこの瞬間でも僕の瞼の裏に映っている。

佳奈は次第に、体を自由に動かせなくなり、不整脈を起こした。もう仕事もできなくなるくらい弱った佳奈と僕は病院に行った。血液検査やCTスキャンをされて、佳奈は本当の病気を知った。僕は佳奈の隣で医師の話を聞いていた。「この病気の原因は今でもわかっていません。心臓が石になっていく病気です。体の内部の病気ですし、今の医学では、手術でも治すことはできません。申し訳ありません」と医師は本当に申し訳なさそうに言った。どくっと僕の心臓の音を聞いたようだった。佳奈の横顔を見ると、白く、診察室のブラインド越しから漏れる太陽の光が佳奈の顔に影を落としていた。僕は何も言えなかった。

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