「発酵という共同体の光」(出雲の旅レポート①)
4月1日〜5日までの5日間、島根・出雲の「旭日酒造」へ蔵仕事体験に行った。その酒造の在り方を見て、自分の中から出てきた言葉は「星をつくる船」だった。今回は、その不思議なニュアンスを得るに至った流れをレポートしていく。
<4月1日>
きっかけは、旭日酒造で蔵仕事に入っていた友人のYさんが私の醤油づくりレポートを読んで「碧さん、麹に呼ばれてますよ!」と誘ってくれたことだった。そんな誘い文句は聞いたことがなく「呼ばれてるなら仕方がない」と思って行くことにした。
この日は博士論文の締め切り日で、無事提出し終えてから出雲へ向かった。夜23時半ごろに出雲市駅に到着し、駅から徒歩8分の商店街内にある旭日酒造へ。Yさんと初対面の東京から来た音楽家の男性Bさんが出迎えてくれた。
ふたりは「出雲の音」をリリースするプロジェクトを進めており、先ほどまで蔵のタンクに入った「醪(もろみ)の発酵音」を収録していたという。収録の緊張でとても疲れていたようだったが「収録したものがすごいから」と到着後すぐにその音を聴かせてくれた。
収録されたタンクは全部で3つ。聴いた瞬間、戦慄した。それらはまさに「光を放つ生命」と呼ぶに相応しい音をしていた。
ひとつめ。それはまるで「スタンディングオベーションの拍手喝采」を聴いているかのようだった。フルオーケストラが入るようなだだっ広い真っ暗な音楽堂で、絶え間なく続く細やかな拍子。数多の見えない光の存在が、とてつもなく大きい共同体となって生命の喜びを讃美する。そんな音像が見えた。
次にふたつめを再生した。そこでは、先ほどよりも少し大きい音の粒が連続していた。それはまるで、雨が強く楽しげに降る音だった。しかし、その雨は下から上に降っており、その音粒が金属のタンクに響いてリバーブ、ディレイといったエフェクトが自然とかかり、壮大な「宇宙の音」を奏でていた。目を瞑ると暗闇の中に降り上がる雨粒に光が反射して見えた。
そして最後のみっつめ。それは先ほどのふたつとは違って、とても静かに思えた。静寂に耳を傾けていると、急に大きく「ボッ!」というガス発生の音が聴こえ、また静かになった。すると、違う距離でまた「ボッ!!」という音が聴こえた。そこでは静寂と発生が不連続に起こっていた。それはまるで「そこかしこにある銀河のなかで、いくつものビックバンが発生している」かのようだった。強烈な光線が生まれては暗闇に溶け、また生まれていた。
これらは全て、数十億と存在する酵母がアルコール発酵している音だった。発酵は発光でもあるのかもしれない。なんて多様なんだろうか。
Yさんはこれらの音を「聲(こえ)」と表現した。あらゆる存在は、繊細ながらも何か大きい共同体となって聲を発している。自然は全て無言でそれを示している、その聲を拾いたいのだと伝えてくれた。
到着早々にそんな出会いがあり、なんて素敵な旅が始まるんだろうと思った。聴き終わった後は、Yさんの作ってくれた格別美味しい料理を食べ、談笑して眠りについた。
<4月2日>
割愛するが、この日はあらゆる人とご縁がつながって、とっても不思議な体験をした。そして、夜には旭日酒造の純米酒「大呂御幡の元氣米」の酒米を作っている農家Mさんのところへ連れて行ってもらった。
Mさんは言うなれば「パワフルおばあちゃん」だが、こんな人いないってくらいとっても面白くて嘘がなく、冷静で芯のある人だった。そんなMさんの身体性ってどうなっているんだろうと、ひととおり美味い酒と土地のものをいただいた後にマッサージをさせてもらった。
すると、びっくりすることに、身体に少し圧をかけただけでMさんの呼吸が荒くなったのだ。どんなに圧を弱くしても、気を抜くとまたすぐに呼吸が荒くなった。そして、無意識に起き上がって圧から逃げよう逃げようとしまう。これはもうやめた方がいいと判断し、30秒もたたないうちにマッサージを中断した。
この人は本当にすごい人なんだなと思った。自身の身体の使い方が完結しすぎている。だけど本当はとても繊細なのだと身体に触れて気づいた。それゆえに、きっと誤解されることも多いのではないだろうか。初対面で失礼ながら、そんなことを考えた。
Mさんの繊細さを感じたエピソードがある。
Yさんははじめ、私に出雲への移住を勧めていた。するとMさんが「2階の部屋空いてるよ」と言ってくれた。Yさんも「どう?」と勧めたが、私はそこまで本気になれなかった。初対面の人と一緒に住むことを想像できず、自身のスタンスがわからなくなりそうという感覚がわずかにあったのだと思う。Mさんはその微妙さを敏感に感じ取ったのか、こちらからは何も言わないのに「でも、ひとりの時間も必要だと思うから。ここのあたりは空き家いっぱいあるからね」と言ってくれた。
そういう気遣い、繊細さがMさんの身体や呼吸を作り出しているのだと思った。有形無形たくさんのお土産をいただいた。そんなあらゆるおもてなしを普通の感覚でこなすMさんは、まるくやわらかい、元気な手をしていた。
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