あのとき確かに部屋が揺れた
私の友人に実家がお寺さんの子がいる。
この話は高校三年生の夏の話だ。私は受験をしない人(そのときは全く大学に進む気がなかった)で、友人の2人は受験を控えていたが、合格はほぼ間違いない感じだったので、そんなに切羽つまっていなかたった。私たちはなぜか卓球にめちゃくちゃハマっていた。「うちの家、卓球台あるよ?」という実家がお寺の子の発言に大興奮し、「卓球合宿しよう!」となり、夏休みにお寺にお泊りしにいくこととなったのだった。ちなみに私たちは東京の女子校に通っている、全員東京出身者で、そのお寺も東京にある。
卓球台はおうちの外。建物の1階部分がえぐれたようになっていて、屋根(屋根は2階部分の床になる)のある駐車スペースにあった。その建物に隣接してお墓があった。やけに人がよくくるなぁと思っていたら「今日お盆だからねぇ」と寺の子が言う。先に言ってよ!って感じだった。私の実家は東京で東京のお盆は8月ではなく7月なので、あまりピンときていなかった。
私の友人はお寺の娘だからか、霊感があった。今はどうだかわからないが、中学高校時代は結構敏感に霊を感じていたようだった。例えば、家で(つまりお寺で)寝ようとすると夜中に赤ちゃんの泣き声が聞こえる。近所で赤ちゃんが生まれたおうちでもあったかな?と思い、数日経って気付いた。赤ちゃんは自分の自宅、この家の中で泣いている。それでピンときて、住職である父親に「ねぇ、最近水子供養した?」と聞いたところ、ちょうど彼女が赤ちゃんの泣き声をきくようになった日に、確かに水子供養をしていた。
私たちは泊まりに行った日の日中、そのおうちの注射スペースで卓球に励んだ。ご存知の通り卓球の玉はポンポン跳ねて飛んでいく。スマッシュが墓の方まで飛んでコロコロとお墓の間を跳ねていく。「ごめんさい~」とかいいながら、走ってお墓の間を通り抜け、玉を拾いにいった。非常に不謹慎な高校生だった。。。
火も落ちて、ご家族と一緒に夕食を取り、お風呂にも入り、客間に敷いた布団に寝転がった。たぶんそれでもまだ21時にもならないくらいだった。怖い話をしたかったわけではないのだが、高校2年のときに京都に修学旅行に行った。そのときの話をしている流れで、寺の娘である友人が「あのときは大変だったんだよ」と話し出した。修学旅行はまず奈良に行ってから、京都に行くという3泊4日くらの旅行だったと思う。友人曰く、奈良はよかったらしいが、京都に入った途端に気分が悪くなったという。街中どこを歩いていても彼女の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。実際に人が彼女の名を呼んでいるのではなく、実体のない何かがいたずらで彼女の名前をずっと呼んでいる。なぜ名前を呼んでいるのか、何がしたいのかも全くわからないが、どこに行っても名前を呼んで、気持ちの悪い声で笑う悪霊のようなものが付いて回っていたそうだ。「えーなにそれ!怖い!」「やだ~」など言ってキャーキャー言ってたいたところ、突然部屋がグラグラ揺れ始めた。揺れ方がちょっと変だったことを覚えている。
箱を持って、小刻みに降るような感じで、ダダダダダと連続するような揺れだった。
「え!地震!」と叫んだ。
周りに倒れるようなものはないので、そのまま客間の布団の上で3人座ったまま、地震が収まるのを待った。通常自身はゆっくりと揺れが静まっていくのを感じるが、このときの地震は突然ピタっと揺れが病んだ。まるで誰かが手を放して、箱を置いたように、突然だった。
地震が収まってから、客間を出て、ご家族がくつろいでいるリビングに駆け込んだ。
「地震大丈夫だった?おっきかったね!」と寺の娘が言うと、キッチンにいたお母さんはきょとんとしている。
「地震なんて、なかったわよ?」
わたしたちも言う。
「え、ありましたよ!グワングワン揺れました!」
「結構大きいと思います。震度3はあったと思う!」
お母さんは不思議そうに、近くの部屋にいたおばあさんに
「お母さん、今さっき地震あった?」と大きな声で聴いた。
「地震?ないよ。」
お母さんは首をかしげる。
「工事とかもしてないしね。」
「客間で怖い話してたら、、、」と寺の娘が言うと
「お盆にそんな話してたから、怒られたんじゃないの?」とお母さんは笑った。
私たちはその後もキッチンのテレビにへばりついて、地震速報が来るのを待ったが、テレビが地震速報を流すことはなかった。でも、あの日、確かに部屋は揺れた。