![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/58883961/rectangle_large_type_2_4f474b83a3ff7030b8cdb206f8b246af.jpg?width=1200)
チョムスキー
「ねえ、ぼくのチョムスキーどう思う?」
トイレで用を足し、自席へと歩いている途中で、背後から突然声をかけられ驚いた。しかも、声をかけてきた人っていうのが、もう何ヶ月も片思いをしている、同じフロアのすごく遠い席に座っている彼だったから、わたしは混乱し、「はい?」とかんじ悪く聞き返してしまった。
「だから、ぼくのチョムスキー。どう? 変かな?」
彼は不安なのか、眉をわずかにひそめて問いかけてくる。そんな表情すらも艶っぽくて、わたしはつい、彼をうっとりと見つめてしまった。
「……きみさ、ぼくの話聞いてる?」
「あ、はい。あなたの……チョムスキーですよね」
「うん。どう思う?」
わたしは彼のチョムスキーをじっくりと観察した。いったい彼は、なにが不安なんだろうか。彼のチョムスキーは完璧だった。長さといい、黒さといい、硬さといい──まるで彼そのものが具現化されたかのような完璧さだった。はっきり言って、こんな美しいチョムスキーをわたしは見たことがない。
「あなたのチョムスキーは、完璧だと思います」
「……バカにしてんの?」
彼はどうやらドSのようで、初めて話したっていうのに、とても高圧的だった。なんて素敵な人なんだろう。ドSのうえに、チョムスキーが完璧で、それなのに自分のチョムスキーに自信がないみたいで、トイレから出てきたばかりのわたしに、自分のチョムスキーを確認させるだなんて!
わたしは彼のチョムスキーをさらに凝視し、やっぱり非の打ちどころがないことを確認してから、彼をまっすぐに見つめて答えた。
「あなたのチョムスキーは、完璧です」
「あ、そ」
彼は心底ガッカリしたように、チョムスキーをピッと引っこ抜き、すたすたと歩いて行ってしまった。
わたしは床に落ちた彼のチョムスキーを慌てて拾い、ティッシュにくるんでポケットにしまった。