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メッセージは一貫させて、幅広いバリエーションで伝える。
現在、青森から東京へ歩いていくだけのマゾい旅シリーズ『蒸発紀行』を配信中のtomiryuです。
当シリーズは単純に「スタートからゴールまで向かう冒険」が大枠のテーマになりますが、ただ移動するだけのカジュアルな構成にはしていません。
その景色と感情にマッチするBGMを選び、主張強めな癖強ポエムを吐き、細かく旅の経過を記録し、とにかく映像としては超うるさい作品になっています。
消費的に楽しめる大衆向けのテイストではなく、具体的な情緒や感慨として残るような作品を目指しています。
そんな観る人を選ぶ蒸発紀行シリーズですが、動画の中で一貫して伝え続けているメッセージがあります。
今回はそのメッセージの核となる部分と、伝えるために意識していることなどを話していきます。
蒸発紀行の核は「マイナスの肯定」
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蒸発紀行で伝え続けているメッセージは「マイナスの肯定」の一言でまとめられます。
長距離徒歩旅はとにかく苦痛が伴いますが、だからこそふとした瞬間に「ありがたみ」を感じることができます。
足の痛みが引いた瞬間、歩道が広くなった瞬間、ベンチを見つけた瞬間、雨が止んで夕日が差した瞬間、無事に街に辿り着けた瞬間。
ストレスから解放されたその時、まるで錯覚を起こしたかのように幸せを感じられるものではないでしょうか。
マイナスが大きければ大きいほど、些細なことに喜びを感じられるアレです。
もちろん自腹の旅なので金銭的なダメージも多いですが、この経験がこれからの人生を支えてくれる財産となり、自分の中で生き続けるという確信があります。
そういう点でも、一時的なマイナスは永続的なプラスになるという意味があります。逆も然りで、目の前の利益や安全を優先し続けると、結果的に人生が廃れていくものではないでしょうか。
ネガティブはポジティブの種であり、ピンチはチャンスであり、へこみは尖りであり、正義が成り立つのは悪のおかげであり、負けるが勝ちであり、邪道こそが正道であるのです。(ドヤ顔)
厨二病的にいえば「陰陽」を表現しています。
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旅に出て 6日目、夜明けのシーンです。
陰から陽へ景色が切り替わる瞬間、僕の中では「時間の経過とともに旅の中に溶け込んでいく感覚」が確かにありました。
旅への慣れを感じながらも、未知への不安と期待もあり、もう後戻りはできないが、だからこそ希望が見えている。
そんなカオスが混ざった陰陽をめぐる旅にふさわしい曲だと思いました。
というより、この曲にふさわしいシーンを選んだといった方が正しいのかも知れません。
徒歩旅を通してその場面ごとに共通したメッセージ(マイナスの肯定)を差し込み、それぞれ違う味付けをしている感覚です。
マイナスの肯定は、仏教の本質
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蒸発紀行シリーズでは一貫して「マイナスの肯定」をしていますが、これは仏教観が元になっています。(OPの差し込み文はどちらも岡本太郎の本から抜粋したものですが笑)
宗派にもよりますが、仏教は「この世に救いはない。だからそれを前提に生きよう。」という究極のマイナス思考が基本姿勢です。
「そもそも人間として生まれた時点でマイナスなんだから、もう諦めて耐え忍ぶしかないんだよ。」と、絶望と希望どちらも含んだニュアンスが仏教の特徴です。
人生は不平等で辛いものだから、そこをスタート地点にすれば物事をフラットに見ることができる。
上流階級のエリートお坊ちゃんもいれば、雑草として運命付けられた者もいる。そこに良い悪いは関係なく、その立場をどのように肯定し、意味や価値をつけられるのか。
自分はそんな世界の一人として、広がる荒野の中でポツンと立っている。
そんなフラットな視点です。
これを基本姿勢にすることで視野が広がり、本当の意味で自由になれるという点が仏教の面白い特徴です。
かなりの独自解釈になりましたが、結局は本人がどのように味付けをするかで景色も変えられるのではないでしょうか。
僕はそれを作品のメッセージとして自分なりに投影しているつもりですが、ほとんどが自己満足に終わっているのかも知れません。笑
同じメッセージのまま、バリエーションは豊かに。
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ポエムがメインの回も多いですが、言葉数が多いのもまた口うるさくて聞いてられないですよね。
主張が強く面倒くさい人間だと自覚しているので、それをやらない回も意識しています。
そこでは基本的に風景や音など直感的に味わって欲しいので、PVのような編集でセンチメンタルを表現していますが、まあここまで解説するのもまた野暮な話ですよね。笑
また、僕はよく音楽を聴きながら散歩をするのですが、その時が一日の中で最もリラックスしています。
その瞬間「ああ、なんかいいな」と言語を超えた具体的な情緒として音楽が入ってきて、呼吸も深くなり、少しだけ心に余白ができます。
少なくとも僕は、淡々と並べられた言葉よりも、そんな余白にグッと心を揺さぶられます。
そんな、グッとくるような情緒を動画を見ながら感じて欲しいという思いもありますが、実際のところ90%は空振りしているのかも知れません。笑
人の好みはあれど、一貫して叫ぶしかない。
もちろん観ている人の性格や立場、過去の経験などによって受け取り方は変わるものです。
そこに関しては、いかに幅広いアプローチで同じ内容を叫びつづけられるかが大事だと思っています。
一つのシーンだけのメッセージでは、ほとんどの場合は空振りで終わりますし、意図しない形で誤解も受けかねません。
そのため、あらゆるシチュエーションから「マイナスの肯定」を語り、時には否定もあったり、愚痴も酷かったりと、それも人間の姿なんだからみんなでラフにやっていこうというメッセージも密かに滲ませています。
わかりづらいですよね。笑
とはいえ自己満足な部分も多いので、ここは本当にすみませんという感じです。
表現をポエムだけに限定して通用する詩人や小説家は本当にすごいと思います。笑
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