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レインコートの老紳士

私が郵便局に行くと

私より前に並んでいた老紳士が

とてもお洒落なレインコートを着ていた

身の丈は高く 痩せ細った老紳士は

品の良いトートバッグを持ち

特段お洒落が必要とされる場面でも

お洒落をして出掛けていきたい天気でもないのに

まるで今からそのまま舞台に上がって

眩しい照明を浴びても何ら違和感のないような

作品として完成されたような出で立ちをしていた


私は自分の用事を済ませながらも

何故だかその老紳士が気になって

二、三度その姿に目をやった

老紳士は特に視線の方向を変えることもなく

自らの必要事項にひとつずつ丁寧に向き合っていた


やがて郵便局での用事の済んだ私は

次の用事のために区役所に向かった

雨の日の区役所は人が少なく

整備されたシステムにより待ち時間も少ないようだった

私の番号札の番号が掲示され席を立った時

再びあの老紳士が目に入った

老紳士も区役所に用事があったようで

やはりひとつずつゆっくりと、だが丁寧に目的を遂行していた

やはり殺風景な区役所の中でもその老紳士のレインコートは際立っていた


それからほどなくして私が区役所での用事を済ませて建物を出ると

老紳士が私の前を歩いているのが見えた

私は思い切って老紳士に声をかけた

老紳士は少し驚いたように返事をした


「お洒落なレインコートですね」

私がそう話しかけると

老紳士の顔にくしゃっと笑顔の花が咲き

「安物ですから」

と、今までゆっくりだった動きが初めて速くなり

頬を赤らめながら足速に走り去った


老紳士はあのあと何か特別な用事があったのだろうか

もしくは、郵便局や区役所に行くだけのような用事が、本当は特別な用事だったのだろうか

いや、どんな雨の日だろうと

どんな些細な用事だろうと

人生に訪れる1日1日というのは

全てが特別な舞台に立ちスポットライトを浴びるみたいに

本番の作品なんだ

雨の日には雨の日の歌があるように

雨の日には雨の日の衣装がある

郵便局や区役所に用事を済ませに行くような

まるで何でもないような1日でも

私たちが何年も、何百年も

恋焦がれるようにして

やっと手にした人生という舞台の

尊い1ページなんだと

私は走り去る老紳士を見ながら

そう思った

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明日もあなたに良いことがありますように♪

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冨永裕輔 Yusuke Tominaga
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