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カメラ教室②

自分で書いた記事に自分で撮った写真を掲載できれば、どんなに素晴らしいだろう。

心がときめいた。

思いついたら即行動。早速ネットでカメラ講座を見つけた。

レッスンまであと1日。ドキドキワクワク。


レッスン当日、10年ほど前に奮発して買った一眼レフカメラを片手に、いそいそとアホづらを下げてカメラ教室に出かけた。レッスン開始10分ほど前に教室に到着。とてもおしゃれでいい雰囲気のサロンで、テンションが上がった。

先生は、白いTシャツにジーンズ姿でベレー帽を被り、「さすがカメラマン」と思わせるような出立ちだった。

「おお、ちょっと緊張するな」とドキドキしながら、「おはようございます。本日お世話になる富永アキラです」と先生に挨拶をした。先生はとても爽やかな笑顔で挨拶をしてくれた。

「ほっ」親切な先生でよかったと緊張がほぐれた。先生は「空いている席ならどこでも座っていいよ」と言ってくださったので、厚かましい私は、一番デカくて座り心地が良さそうな椅子に着席。

ほどなくしてレッスンが始まった。生徒は私を含め7名。皆、前もって伝えられていた、写真撮影に使う小物数個と敷物を机の上に出した。

皆、小さな動物や人形などと、とてもかわいい置物、50年代のアメリカを思わせるようなオシャレな空き缶など、個性あふれる小物を持ち寄っていた。

先生は、「きれいや、かわいいなど形容詞のテーマをつけて写真を撮るといいよ」とアドバイスをし、「これはかっこよく撮れるね」「これはきれいだね」などと声をかけながら1人1人の席を見て周っていた。

先生はどんどん私に近づいてくる。

とうとう、私の前の席に座っている生徒さんの番になり、「これはかわいいね、こうやって撮ったらいい感じになるかも」と先生はカメラを構え、撮り方のアドバイスをしていた。

キタキタキタキタ。

私は「私の席にはこやんといてくれ」全身全霊で祈ったが、むなしくも私の順番がやってきた。先生は私が持参した小物を見て、一瞬目をそらした。そして反対側に振り返り別の生徒のところへ行ってしまおうとした。私は「よっしゃ、そのまま行ってくれ、そして戻るな。頼むから私の小物にふれてくれるな」と願ったが、先生は「いやあかん」と思ったのだろう、もう一度私の方に振り返り、私の小物を指差し「これのテーマはなにかな?」と少し引きつった顔で私に尋ねた。

形容詞のテーマなんて思い浮かばない。だって私が持参した小物は、缶入りニベアと、ワセリンだったから。お肌スベスベしか思い浮かばなかった。しかも敷物は葬式用の白いハンカチーフ...。

私は、狂気性と個性を勘違いしていたことに気づき、恥ずかしさで赤面した。全力で走って逃げたかった。

だって先生、小物はわざわざ買わなくていいって言ったじゃない。家にあるものでいいって...。都合が悪くなると人のせいにする私の悪いクセだ。

皆、私のニベアとワセリンをチラッと見たきり、私を2度と見ようとはしなかった。

教室の雰囲気をどんよりとさせてしまったが、私は開き直った。「我が狂気を個性に変えてやる。人の目なんて気にしていられない。こうなったらとことん写真を極めてやろうじゃあないか」とその後何十分もニベアとワセリンを一心不乱に撮り続けた。

その姿は、トイレの床にへばりついて、女便所をのぞこうとしている輩ではないか...。
それはそれは狂気に満ちた姿だった。

恥ずかしさをごまかすため、ニベアとワセリンに集中するしかなかったのだ。「いいよ、いいよ、その表情最高だね」とニベアとワセリンに、心の声でささやきながら...。

はよ終わってくれ...。「おお神様、恥ずかしさの底無し沼にハマって、抜け出すことができない私を助けたまえ」。祈ろうが泣こうがそこには神はいなかった。

無常にも撮影時間はたっぷりとあったのだ。

どんどんどんどん沼にハマっていった。とうとう顔まで沼にハマり、アプアプしだした頃、先生の掛け声で撮影時間が終了した。

やっと終わった...。

私はいの一番にニベアとワセリンを自分のカバンに放り込み、何も無かったことにした。

先生はまた生徒1人1人の席を、撮影した写真を評価するため、カメラのファインダーをのぞいて周った。しかし、先生は私のところへはこなかった。そらそうだ。ニベアじゃなあ...。

授業が終わり、私は逃げるようにそそくさと家路に着いた。


恥はかいたが、意外とよかったよ。

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また来週もカメラ教室へ行く。











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