話すことについて。

今回もまたお休みなんですが。
自分の中でだんだん今の書けなさが明確になってきました。

最近書くことに対しての感覚が変わってきたんです。
こないだ久々に小説を書こうとしたら手が止まりました。15分ぐらい真っ白な画面と向き合いましたけど結局1文字目を書くことすら叶いませんでした。

どうしてしまったことかと自分でも恐ろしくなってしまいました。
劇作はいくらでもできるんです。
自分のアラはすぐにわかるしそもそも書ける。
何がどうなってしまったのかと。

noteが書けなくなったのはおそらく世界に対して自分が話さなくてもよくなってきたんだと思います。
自分が世界と対話するのは直接じゃなく作品を通してでいいのではないかと思い始めているからだと思うのです。
日々の気づきから行き着く先はいつも同じ終着点で、その終着点に今は用はないんです。辿り着く必要のないラストシーンの前にもっと考えねばならないのではないか。
そしていちいち言葉にして対話する必要はあるのだろうか。そんなことを今は思います。

書くことは世界であり自分との対話であると思ってきましたがなんだかそれも変わってきた。幸福と世界と対話。書くことは救いではなく苦行でもなくギターの弦を弾くような。美しい音色が聞けるのか弦が切れるのか。とにかく道具を使うんです。壊れるかもしれない道具を。
書くにはもう少し時間がかかりそうです。一度壊れたこの道具に今は飽きてしまっている。修理する気が起きるまで少しの休暇。


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