【春秋一話】 3月 「出る単」と不易流行
通信文化新報 (2021年3月15日 第7083号)
先日、仕事で青春出版社の編集担当の方とご一緒する機会があった。名刺交換をした後に、「青春出版社さんには随分お世話になりました」と話しかけたところ、「『出る単』ですか」とすぐに返事があった。
「出る単」とは青春出版社が発行している参考書「試験に出る英単語」のことであり、私は一度大学受験に失敗しているので2年間に渡り使っていた参考書だが、それからでも40年以上経ち、掲載されている単語も随分変わったでしょうと聞いたところ、何と1967年に発売されて以来、掲載の単語はほぼ変わっていないとのことである。
本書の著者は1955年から13年間、都立日比谷高校の英語教師をしていた森一郎氏。多くの東大合格者を輩出していた当時の日比谷高校に注目した出版社が、英語教師だった森氏のノウハウを聞き、そのノウハウに基づいた英単語集を出版し、それ以来ロングセラーになっているという。
途中に単語の追加や変更などがあったのではと聞くと、75年に時事的な単語が6語追加された以外は、掲載単語に変更はなく、91年の著者病没後は、ご子息の森基雄氏が受け継ぎ、97年に二色刷り印刷に赤い暗記用シートを付けたことが唯一の改訂だそうだ。
2010年にはTBSテレビで放映されている「がっちりマンデー」で40年を超えるロングセラーとして取り上げられ、その後現在までの発行部数は1500万部を超えているという。
発行された1967年といえば、現代のようなパソコンやインターネットがある時代ではない。著者は地道に試験問題から単語を抽出、整理して単語集として掲載し出版したわけである。その地道な努力に驚くとともに、それが現代まで変わらずに使われていることにさらに驚きを覚える。
なぜ、これほどまでに長きにわたって使われ続けているのか。それは出版時の著者の考え方「最少の時間と最少のエネルギーで最大の効果を狙える単語集を作る」という理念に表れている。
そのための具体的な方策として①アルファベット順ではなく重要な単語から配列②収録語数を最小限度にする(約1800語)③一つの単語に一つの訳語④語源から記憶法を記すという4点を挙げている。これが今日まで一貫して続いている本書の原理である。
本書のことを改めて調べていて「不易流行」という言葉に思い至った。「不易流行」とは「決して変わることのない不易性と、絶えず変化し続ける流行性は本質的に同じである」という松尾芭蕉の俳諧理念の一つである。著者の森一郎氏が俳人でもあったということでもないだろうが、「試験に出る英単語」の理念にこの不易流行が当てはまるように思う。
コロナ禍により世の中が大きく変わっている。自宅でのテレワーク、商談、会議のリモート化など、コロナ禍前には想像もしていなかった現実が始まっている。一昨年まで、ノマドワークや無駄な会議の改善策などが書籍で紹介されたりしてはいたが、ここまで現実化すると誰が想像しただろうか。経営コンサルタントの小宮一慶氏は今の状況を「未来が早くやってきた」と表現している。
50年変わらぬ「試験に出る英単語」の原理、未来が早くやってきた現実、コロナ禍によって変わった日常は元に戻ることはないだろう。この現実を企業としてどのように受け止めて対応していくのか。日本郵政グループも例外ではないだろう。今まさに「不易流行」を考えさせられる。
(多摩の翡翠)