傷害罪――恋人を殴ったら直後に飛び降り自殺された男
被告は20代前半の若い男性。手錠も腰縄もつけられておらず、非拘束。野球帽をかぶり、眼鏡をかけ、ダメージジーンズを履いていた。坊主頭で体格はしっかりしており、見た目はスポーティな印象。
被告が問われている罪は傷害罪である。同棲中の19歳女性を殴り、傷を負わせたという。
被告は容疑を全面的に認めている。
事件に至るまで
被告は生まれてすぐに父方の祖母に預けられ、両親と離れて育った。証人として出廷した祖母は「大人しい性格で優しい」と被告を評した。
被告は小学6年生まで祖母のもとにいたが、中学校に上がってからは母に引き取られた。母親は炊事も洗濯もやらず、被告の生活環境は悪くなったという。
被告が高校生になりアルバイトができるようになると、母は働くよう言いつけ、給与のほとんどが母親のものになった。毎月10数万円ほどを母親に渡していたという。
同級生が遊んでいる時でも自分は働かなければいけない、と被告は不平を感じた。被告は素行不良な少年となり、前科はないものの問題行動で4件の前歴を持つようになった。
最も新しい前歴は2018年のもので、恐喝未遂によって保護観察処分を受けた。友人の借金取り立てに同行し、被告自身は特になにもしていないものの、友人が脅迫的な言動をしたため一緒に捕まったという。
高校を卒業してからもしばらく、母親に金を納める日々が続いた。20歳になった被告は、このままでは貯金もできないと危機感を抱き、家出して恋人のAと同棲することにした。一人暮らしをしているAの部屋に転がり込むという形だった。
Aとは、2018年11月に友人に紹介されて知り合った。同棲を始めてからは、被告は買物と炊事を、Aは掃除と洗濯を行うという分担で生活した。
概ね平穏に暮らしていたが、2019年5月頃から、お互いに浮気をしているのではないかと疑っては喧嘩するようになった。
解体作業員をしていた被告が同僚の男性と花火を見に行ったところ、「本当は女と見に行ったのだろう」とAに詰め寄られたことがあったという。
口論はしても、被告がAに手を上げたことはなかった。
事件当日、2019年8月20日。
被告はAが浮気をしたのではないかと疑って責めた。数日前にAが妹の部屋に泊まりに行ったのを、本当は男と遊んでいたのではないかと怪しんだ。
Aは妹に電話をかけ、被告と話させて無実の証明をしようとしたが、口裏を合わせることもできると被告は拒んだ。
「クソアマしばくぞ」という罵声を、Aの妹は電話越しに聴いた。
Aは怒って被告の首筋を引っかき、軽い傷をつくった。
被告も応戦し、右拳でAの顔面を殴りつけた。反射的に殴ったため、手加減はしていなかったという。Aは顔の左側に、全治3週間程度の打撲を負った。
被告は、もはや一緒に暮らしていくのは無理だと考え、Aに背を向けて荷造りをはじめた。しばらくして、振り向くとAの姿がなかった。Aは部屋のどこにもいなかった。ベランダから飛び降り自殺を図ったのだった。
すぐに被告は119番通報した。
飛び降りたことで、Aは脳の広範囲を損傷した。意識不明になったAはそのまま目覚めず、判決のあった2019年12月時点でもその状態は続いていた。
被告が問われている罪は殴った件のみだが、Aの兄は「殺人未遂だ、重い罰を与えて」と主張した。
被告は一度は逮捕されたものの釈放され、裁判時には祖母と暮らすようになっていた。
祖母の家にいると落ち着く、と被告は話した。
また、恐喝未遂で捕まった時のような柄の悪い友人らとは縁を切ったという。
検察官は懲役1年を求めた。
弁護士は執行猶予を求めた。
判決
懲役1年 執行猶予3年。
つまりは、今後3年間なんの罪も犯さなければ服役をしなくてもよい、ということ。
保護観察中にまた事件を起こしたことは重く見られたものの、一時的な憤激によるものだということが考慮された。
感想
被告は第一印象で「野球部出身っぽそう」と思ったが、実際には部活をやる余裕もない生い立ちだった。
事件発生から判決まではおよそ4ヶ月で、その間にAは意識が回復していない。
この文を書いているのはそれから更に10ヶ月後なのだが、Aの容態はどうなっているのだろう。
暴力は良くないことだが、常習的にやっていたわけではなく一発やっちゃっただけなら、まあわからんでもない。その一発が招いた結末が重すぎる。
Aは恋人に殴られた・関係が破綻するということに失望して飛び降りたのか、怒りに任せて当てつけだったのか、パニックになって逃げたくて飛んじゃったのか、どういう心境だったのだろう。
検察側だったかの読み上げた文で「女性であるAに対し~」という言い回しが何回かあった。
男女平等な世の中だが、やはり腕力に優れるものが劣るものに暴力というのは、同格同士の暴力よりも法律上でも重く見られたりするのかな。