図書室
生まれ育った町の図書館は、1つの建物の中に入ってる 3つの施設の中の1つで 郷土資料館、剣道場、そして図書館。 図書館と言うには、小さすぎて、図書室 と呼んだ方が合っている。 そしてこの図書室の入ってる建物は、 晴れてても、雨が降ってても、薄暗くて 図書館以外の2つの施設は、ほとんど 使われることがなくて真っ暗なのだ。 だから建物の中に入る時、いつも おそるおそる、静かにドアを開けて スリッパにはきかえ、忍び足で図書室の ドアの前まで行き、またこのドアも この独特の静けさのある空気を乱さぬよう そおっと開けるのだ。
わたしは小学生の頃、この図書室に 毎日のように通っていた。 本や絵本を読むのが好きだったのと、 大好きな司書さんがいたからだ。 学校から家に帰って、ランドセルを置いて カバンを持って、あの建物へ向かう いつものように、そおっとドアを開けて、 図書室の中に入って行く、中も薄暗くて ほこりっぽい。 司書さんは、いつも、毎日読み進めてる 本に夢中になっていて、 わたしが来たことに気づくのは、 少し立ってからなのだ。 なので、わたしは、司書さんの読書を 邪魔せぬよう、静かに読みかけの本を取って 隅っこのパイプイス座り、 ゆっくり物語りの中に入っていく。
ふたりとも、それぞれの物語りの中にいて 薄暗い図書室の中は、ほこりだけ舞っていて 本もイスも、その他の物たちも、 時が止まったように動かない。 それぞれがそれぞれの場所で夢を見ている。 深い眠りの中で見るような夢を。
やがて、物語りから夢から醒めて、 司書さんもわたしも、物たちも、 ゆっくり深呼吸するように動き出して 司書さんは、わたしがいたことに気づく 驚くこともなく、自然なことのように。 そして、いつものように温かいお茶を マグカップに注いでくれて ふたりで静かに飲むのだ。 おしゃべりすることもなく、ただ静かに。
たまに、司書さんがお話しを聞かせて くれることもあった。 司書さんの話し方が、物語りの始まりを 読むようにゆっくりなので、 その話しが、本当にあったことなのか、 何かの物語りなのか、または、司書さんの 心の中にある物語りなのか、分からない。 分からないけど、すごく大切なことを 聞くように聞いていた。
それから、小学生のわたしは、生まれ育った町を離れて、違う町に引っ越して、 図書室にも、司書さんのとこにも行けなくなった。
あの場所は、あの時間は、戻りたくても、 もう戻れない場所で、 思い出して、振り返ったときには、 もう失くなってしまっているような そんな世界だった。 そんな世界にわたしはいたのだ。