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#9 エッセイ|忘れたいのに、忘れさせてくれない ~ずっと夢見させてくれてありがとう~
ある日突然、絶望の淵に立たされる。
たとえばそれは、好きな人にフラれたとき。
たとえばそれは、留年が決まったとき。
たとえばそれは、壁の上から巨人が顔を覗かせたとき。
たとえばそれは、友人との新年会で真鯛の土鍋ご飯をおいしく食べていたら口の中がゴリっとして魚の骨かと思って取り出したら銀歯だったとき…
恋の話かなにかと思って読みに来てくれた方、すみません。虫歯の話です。
それは楽しみにしていた新年会でのことでした。美味しいご飯に舌鼓を打ちながら、友人との幸せなひと時を噛み締めていました。噛み締めすぎたのかも知れません。
口の中に感じる異物感。取り出してみるとシルバーに輝く物体。数秒間の思考停止。それが歯の詰め物であると理解した瞬間の絶望。
幸せな時間が音を立てて崩れるとはよく言ったものです。今まではなんとなく“ガッシャーン”と派手な音をイメージていましたが私の場合は“ゴリっ”という音でした。
人は窮地に追い込まれると不思議な力に目覚めるといいます。私の中にも眠っていたサイドエフェクト【※】があったようで、未来視の能力に突如として目覚めました。
どうやら自分の未来が見える能力のようで、自分の脳裏にどんどんと未来の映像が流れ込んできます。なにぶん目覚めたばかりの能力なので制御ができません。
朝イチで歯医者に予約の電話をする自分……死んだ魚のような目をして診察台に座る自分……虫歯が進行してるので再治療、と死刑宣告を受ける自分……仕事をやりくりしながら何週間も歯医者に通う自分……
友人たちの手前、気丈に振舞っていましたが気が気じゃありません。脳内chatGPTに問いかけても「銀歯の下で虫歯が進行している可能性があります」としか返ってきません。
なんとか気持ちを切り替え新年会を乗り切った私は、憂鬱な日々を過ごし連休が終わるのを待ちました。未来が見えている自分にとっては拷問のような日々です。
ようやく休みが明けるころには運命に抗う気力もありません。意識が朦朧としたまま朝イチで歯医者の予約をし、歯医者を訪れ、死んだ魚の目をして診察台に座ります。
未来視のマリオネットと化した私のもとに執行人もとい先生がやって来ます。先生が口内をゴソゴソと診察をし、あとは死刑宣告を受けるのみ。そしてその時がやってきました…
「これは虫歯が進行して取れたんじゃなくて、セメントが劣化しただけですね~。」
そう、私にはサイドエフェクト・未来視などなかったのです。
それからは古いセメントを取り除き、あっけなく再装着が完了。次回の通院も必要なく、来た時とはうって変わってルンルンと歯医者をあとにしたのでした。
それにしても虫歯ってのは忘れたいのに忘れさせてくれない、本当に忌々しいヤツですね。気を抜けばすぐに我々を地獄に突き落としてきます。
毎回大騒ぎして歯医者に駆け込んでは、虫歯の脅威を忘れて安心していられる時間に感謝するというお話でした。結局はすぐ忘れちゃうんですけどね。
もしまた銀歯が取れたら、同じように狼狽え、同じように存在しないサイドエフェクトに目覚め、同じように絶望の淵に佇むことでしょう。てへぺろ。
それではここで、私から私へのリクエストです。聴いてください、THE TIMERSで『デイ・ドリーム・ビリーバー』
つかの間の夢を見させてくれてありがとう、歯科技術。おわり
【※】サイドエフェクトとは 医療分野で薬の「副作用」の意。転じて副次的に身についた超人的な能力という意味で使われる漫画もある。私自身は危ない薬をやっているわけではない。しかしネットやSNSという劇薬漬けの現代人は、慢性的な神経症に陥り易く様々なサイドエフェクトに目覚めがちである。特に情報多過による未来視は比較的多く見られる症状といえる。
と、これでは曲のメッセージとは関係なさぎて失礼すぎるので、もう少しだけ。
忌野清志郎がこの世を去ってから、もう15年も経ってしまいましたね。今の10代20代の若い人は知ってるんでしょうか、忌野清志郎っていうロックスターがいたことを。
この曲自体は「セブンイレブンの曲」として知ってますかね。原曲はアメリカのザ・モンキーズというバンドの『Daydream Believer』という曲です。
原曲は学校のマドンナと付き合って(結婚して?)今まさに幸せな暮らしを送っている男の現在進行形の歌なんですけど、清志郎は過去形の歌にしたんですよ。
なので直訳でも無ければ意訳とも言い難い、ただ、所々原曲の韻や聴こえ方は踏襲しているという、清志郎のアーティスト性が盛りに盛られた日本語カバーです。
清志郎の歌詞では “彼女” が誰かは伏せられているので、亡き母を思っての曲だとか、いや当時結婚した奥さんに向けた曲だとか、いろいろと解釈されているようです。
奥さんに向けてってのは、長嶋一茂の「朝ライオンに食べられるイメトレをすると一日を大切に過ごせる理論」と同じ仕組みですね。失ったときの悲しみを想像してより今を大切にするって大事ですもんね。
虫歯未来視事件とは関係なく、最近なんだか無性にこの曲を聴きたくなってヘビロテしてたんですが、この曲を過去形にした清志郎はつくづく天才ですね。
生きていた頃はその発言や思想や活動が取り上げられ、その生き様はまさにロックスターでた。もう今は曲の中でしか会えませんが、だからこそ彼の残してくれた曲が身に染みます。
この投稿をする為に清志郎のことを久しぶりに検索したんですが、どうして今まで自分は忘れてしまっていたのかとショックだった清志郎の言葉があります……
愛し合ってるかい?
ショックでした。どうしてこんな大事なことを忘れてしまっていたんだろう。これこそが、清志郎だったじゃないか。これだけが、残された私たちと清志郎との約束だったじゃないかと。
どうして嫌なことばかり覚えていて、忘れたくないことばかり忘れてしまうのでしょうか。最近は時の流れに絶望してしまいそうになる事が増えてきてしまいました…
みなさんは、今だけ金だけ自分だけみたいな時代に疲れていませんか? 私はもうだいぶ疲れてしまいました。清志郎のことを忘れるくらいに毒されてしまっていたんですね。
もちろん生きていく為にお金は大事ですし、いつまでも人生が続くような錯覚の中で、安心して理想に燃えられる時間というのはとても尊いことです。
でも、だからこそ、清志郎は時々でいいから一番大事なものは何かを思い出せよ、という願いを込めてこの曲を残してくれたのかもしれません。
一見ただのラブソングでセンチメンタルに浸るただの女々しい男の歌のようにも聴こえますが、愛し合うことの尊さを忘れさせないこの歌こそLOVE&Peaceへの祈りでありロックなのではないでしょうか。
清志郎がもし生き返ったら今の時代を見てなんて言うんでしょうね。実は私、サイドエフェクト・未来視は嘘だったんですが、サイドエフェクト・降霊術を持ってるんですよ。なので清志郎に降りてきてもらいましょう。
「俺が死んでしまって目を離してたから、世界がまた悪くなってしまったな。どうもすみません。いいか、腐ったヤツらには騙されんなよ。ユーモアを大切にしろよ。ユーモアが分からないやつが戦争を始めるんだ。労働も大事だけど、たまにはサボれよ。自分のやり方で暮らせよ。愛し合ってるかい? みんな愛してるぜBABY」
まあ、実はサイドエフェクト・降霊術を持ってるというのも嘘で、清志郎の過去の発言をまとめただけなんですけどね。え?嘘くさいって?大袈裟だって?偽善だって?
清志郎のインタビューの返答面白い pic.twitter.com/0aR9TS49kF
— 矢野 恵司 (@yano_keiji) February 7, 2015
バカ言わないでください。清志郎は最後まで本気で言い続けて逝ったからこそ、いまだにみんなから愛される伝説のロックスターなのですよ。
熱くなってしまいました。清志郎の威を借りて私がいきがったところでみっともないだけなので、最後は清志郎に締めてもらいましょう。
くぅ。ステージじゃこんなにしつこいのに、さらっと58で逝っちゃうなんて。ユーモアと愛で本気で世界が救えると信じ抜いたロックスター。忌野清志郎のお話でした。
もしこれまで清志郎のことをあまり知らず気になってくれたなら、ぜひ調べてみてくださいね。かっこいいエピソードしか出てこないですよ。
それではみなさん、また次回!
おっと、そういえばTHE TIMERSは忌野清志郎によく似ている人が率いてるんでしたね。私が清志郎と勘違いしてしまいました。みなさんも、THE TIMERSのボーカルが清志郎かもと思っても心にしまっておいてくださいね。
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。明日は大寒ですが、お体には気をつけてくださいね。みなさまの健康と愛と平和を願って。寒中見舞い申し上げます。
本当におわり。
また次回!