訃報 レガシーワールド
レガシーワールドは、父モガミ、母ドンナリディアの血統。
戸山厩舎に所属し、同期にはミホノブルボンがいた。
デビューから未勝利が続き、またゲート難や普段の気の悪さが目立ち、故障をきっかけに去勢された。
去勢明けは騎手を振り落として競走除外になったが、次の未勝利戦で初勝利を挙げると函館で連勝してオープン特別で2着に入り、セントライト記念に向かった。
セントライト記念にはダービーで僚友ミホノブルボンの2着だったライスシャワーが居たが、最後まで追いつかせずに逃げ切り勝ち。
しかし騸馬である為菊花賞には出走出来ず、オープン特別を連勝してジャパンカップに挑戦。トウカイテイオーの4着に敗れたが、日本馬ではトウカイテイオーの次に入線。続く有馬記念では大逃げのメジロパーマーを最後猛追したが、ハナ差届かず2着。復帰出来ない僚友ミホノブルボンの分も期待がかかったが、アメリカJCCで圧倒的一番人気ながらホワイトストーンの2着になりその後休養。復帰は秋になった。またその間戸山調教師死去に伴い森厩舎に転厩し、ミホノブルボンとは別れ別れになった。
秋初戦の京都大賞典ではメジロマックイーンの2着だったが、続くジャパンカップではトウカイテイオーやメジロマックイーン不在の中、当年のダービー馬ウイニングチケットや天皇賞馬ライスシャワーと並んで外国馬迎撃の先頭グループにいた。
レースはメジロパーマーが淡々と逃げるその二番手につけ、最後の直線で先頭に立つと堂々と押し切って1着。かの有名な(?)コタシャーン事件があってミソがついたが、ついに日本騸馬初のG1ホースが誕生した。
続く有馬記念はトウカイテイオー奇跡の復活の前に5着に敗れ、また屈腱炎を発症し、それ以降は低迷が続いた。マイルやダートや色んな条件を試したが結果が出ず引退。個人的な意見ですが、強い頃まではパドックでやたらうるさかったですが、低迷期は比較的大人しかったです。ジャパンカップで燃え尽きたのかもしれませんね。
お疲れさまでした。
安らかに眠ってください。