私のダンナが辞めるまで(30)
回避
私が何度目配せしても、夫は気付かない。それもそのはず、私はベールを被っている。
父は相変わらず前を見たまま、電池切れのロボットのように動かない。組んだ腕を解こうとしたが、ギュッと脇を締めたまま固まっていて、腕を抜くことが出来なかった。
時間が経つにつれ、参列者が異変に気付き始めた。
騒つく人々。その様子にようやく夫が気付き、こちらを向いた。
私は唯一自由な右手でおいでおいで、と夫に合図を送り、近くへ呼び寄せた。
夫が来たことで安心したのか、父の腕が緩み、私の手首を掴んで夫の手に乗せた。
父の手も、夫の手も、震えていた。
私たちは、壇上へ進む。
階段を上がり、振り返る。
皆、笑っている。
父は、笑いながら泣いていた。
見せ場
一礼した後、私たちは向かい合い、夫が参列者から集めたバラを花束にして、公開プロポーズさながら、私に渡し、"よろしくお願いします"と私が笑顔で受け取る。
はずだった。
夫は先程、予定外の"父を迎えに行く"という動作をしたため、セリフが飛んでいた。
跪き、バラを差し出したまま固まる夫。
私は口パクでダイジョウブ、ダイジョウブ、と頷いて見せた。
「僕が一生!貴女を幸せにしてみせます!」
夫はリハーサルと違う言葉を叫んだ。
私は驚いて、慌てて返事をした。
-おねしゃーす!(よろしくお願いします)
厳かなチャペルに、体育会系の挨拶のような返事が響き渡り、笑いが起こる。もちろん想定外だ。私は恥ずかしさで目を瞑った。
だが、そこからは張り詰めていた場の空気が和やかになり、私たちも自然と笑顔になった。
結婚宣言、誓いのキス。
もう何も恥ずかしくなかった。
退場の時が来た。
「おめでとう!!!」
参列者全員が一斉に、声を揃えて言った。
私たちは泣きながらチャペルを後にした。
月曜から、私は会社に残り、夫は空港で働く。
でも、帰る家は同じ。
私たちは夫婦になり、私たちなりの人生をともに歩んでいく。
終わり。