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よしこさん③/❾

 中学の時のよしこさんのあだ名は、よっつぁん。みんなに頼りにされていたし、ぽっちゃりして堂々としていたから、相撲の親方みたいなイメージで。ちょっとこう、ごっつぁんです、みたいなのも含まれてる。それも、今の彼女の手抜きのないお手本のような経営者のイメージと全然合わないので、マダムかセニョーラか、メフロウ(オランダ語)のどれかで呼んでもいいかと訊いてみた。ダメだと言う。よっつぁんでお願いと言ってきた。意外だけど、私が天麩羅(私の旧姓)と呼ばれてときめくように、よっつぁんと呼ばれると彼女の中でも何かうきうきするものがあるのかも。

 よっつぁんは私のどんなまぬけなメッセージも、素敵に褒めたり、ほんわりあったかく受け取ってくれる。
「天麩羅、メッセージはいつでも大歓迎よ。」
「いろんなことに挑戦する天麩羅の行動力、変わってないねー。」
「天麩羅がストーカーなら大歓迎!」
「天麩羅の好奇心旺盛なところ、昔と変わらずでいいね。」
という具合。

 でもある時、いつもこんな『聞き上手になるには』の教科書に載るみたいな返事ばっかり、本当にそう思ってるのかなと気になり出し、
「天麩羅らしい質問!昔と変わらないな〜。なんか嬉しい。」
と返してきてくれた時に、本当に嬉しい?と訊いてみた。私たちのやりとりはいつも私からで、私が何も送らないとよっつぁんからは何もこない。私が求めるほどはよっつぁんは私のこと求めていないということなのではないの? よっつぁんは感じよく付き合ってくれてるだけなのではないの? それだとバランスが悪い。のがちょっと嫌だけど、そんなこと気にしてこの特別な通信ラインを途切れさせるのはもっと嫌だから、気にせずこのまま続けてもいい? こんな風にいい歳をしてどうでもいいことにつっかえてこねくり回す人の相手しなきゃいけないの、普通は嫌になるんじゃないかと思うよ。いくらかはもう嫌になってる? 何%ぐらい?? もうこういうの、本当は自分でもめんどくさいの。 

 すると、
「確かにめんどくさいねー(笑)。でもこねくり回したくなるのが天麩羅らしくていいのよ。中学の時、そういうあなたのことが大好きだったの改めて思い出すわ。」
と、また、大丈夫、いいのよっぽい返信が届く。

 今一納得しきれないながら、よっつぁんの優しい言葉がやっぱり嬉しいので、夕方寂しくなるとくだらないメッセージを送ることをやめなかった。そしてよっつぁんは、その度に欠かさず、私が寝てる間に100点満点の返信を入れておいてくれるのだった。

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