【Edge Rank 1116】フリーライティング【TOMAKI】
恵比寿で読書タイム
会場に到着すると、スタッフの方がライブ配信用のスマホをセットアップしているところだった。「よろしくお願いしますー」とあいさつして、急いで席につく。イベント開始に間に合った!海外とのオンライン会議が長引いてオフィスを出るのが遅くなったが、地図アプリのおかげで最速の方法で会社帰りに会場へたどり着くすることができた。
GPSがある時代に生まれて、しみじみ本当に良かったと思う。全地球測位システム。GNSS、QZSS、GLONASS、Glileo。いくつもの人工衛星たちがリレー形式で信号をつなぎ、常に位置を示してくれている。これがあるおかげで、初めての場所でも迷わずたどり着けるし、最適な移動手段と乗り換え方法をスマホからいつでも探すことができる。
この日は、恵比寿にある英治出版のイベントスペースで、「夜な夜な読書タイム」というちょっとユニークな読書会に参加。まず会場に集まって、それぞれ各自が好きな本を読み、時間がきたらその読んだ部分の感想を発表するというもの。1冊まるごと読んだ感想ではなく、読書の途中経過のタイミングで発表するというのが良い。読書感想文ではなく、読中感想発表のようなもの。楽しい会なので、昨年から何度も参加している。
「こちらの本、用意しておきましたよ」と、スタッフの方が一冊の本を渡してくださった。『自分の「声」で書く技術』という、英治出版社の新刊。これこれ、この本が読みたかった。原題が『Writing Without Teachers』という「書くこと」をテーマにした本で、もともとは1973年に書かれて出版されたものだが、1998年にセカンドエディションという形で内容を新しく書き加えて再度出版された。今回英治出版より発売されたのは、このセカンドエディションを元に日本語化された本。
実は私、10代の頃にこの本と出会っている。いや、この本のエッセンスの一部に出会っていたというべきか。19歳の頃、私は留学準備のため新宿にある学校に通っていた。そこでEnglish Compositionを教えてくれたアメリカ人の先生が、この本で紹介されている「フリーライティング」の手法を教えてくれたのだ。とにかくとりあえず、フリースタイルで書き続けるということ。頭に浮かんだことをひたすら文章にしてありのままにそのままに表現するという方法なのだが、これが書くトレーニングにも、語学の習得にも非常に役に立つ。言語に関わらず「書くぞ!」と身構えるとかえって書けなくなることがあるが、このフリーライティングは友人とおしゃべりをする感覚ですらすらと文章が書ける。テーマがあちこち飛んでも良いし、漢字やスペル、文法なんかもそれほど気にすることもなく、ただひたすら書き続けるために書いていくというのがポイント。リラックスした状態で自分の思考を文章にまとめていると、自分でも気づかなかったことに気づくこともあったりして面白い。文章を追いかけていったら、意外な結論にたどり着くこともあるのだ。もつれた思考の糸がスッとほぐれる瞬間は、ぐしゃぐしゃに絡まった髪の毛をゆっくりと時間をかけてブラシでとかしていくのにも似ている。以来わりと、このフリーライティングを意識して文章を書いている。
英語習得とフリーライティング
フリーライティングを教えてくれたEnglish Compositionの先生とは、よく文章でやりとりをした。クラスの課題というよりは、自分としてはなんとなく交換日記に近いような感じかもしれない。思いつくままに英語の文章をひたすら書き続けていたら、だんだんと「書いて表現する」ということが楽しくなっていった。
英語力も格段に上がってきた。もともと僕は、高校時代は英語の授業が苦手だったので、伸びしろが大きかったというのもある。むしろ、高校の英語は大嫌いだったなぁ。おじいちゃんの先生が抑揚のないのんびりしたカタカナ英語の発音で、大学受験対策のためだけの英語を教えているのがどうしても我慢できず、「こんなのいくらやっても、絶対に適切な英語力が身につくはずがない」と思ったらなんだか腹が立つやら悲しいやら複雑な気持ちになって、気づいたら「留学するぞ!」と決意していた。本物の英語を身に付けたかったのだ。最初は自分でもわかるくらいの惨憺たる英語力だったが、なんとか1年でアメリカのアカデミックな授業についていけるくらいの英語力は身についた。特に、文章を書くスキルやスピードについては、このフリーライティングのトレーニングがおおいに役立った。
フリーライティングを教えてくれたその先生は、僕らを教えたあとアメリカに戻り、図書館に勤務したり、演劇のレビュー記事などを執筆していた。Facebookでつながっていたので、時々先生の近況をお見かけした。
ロサンゼルスでのフリーライティング
大学を卒業してすぐ、社会人一年目で僕はホームレスになりかけた。正確に言うと、僕はホームレスにはなっていたが、路上生活者ではまだなかった。家はとっくになくなってはいたが、まだ車があったのでそこで寝ることもできたし、卒業時にかき集めた所持金で安ホテルに泊まることもできた。その状態で、大学のあったリノを飛び出し、アメリカの西海岸で「職探しの旅」を続けていたのだ。
サンディエゴでデザイン会社の見学をしたり、映像の仕事をしている大学の先輩に会いに行ったり、ビバリーヒルズで絵画教室の講師募集の面接をしたりなどして、最初はコネもツテも何もない状態だったが、少しずつ知り合いの知り合いなどの紹介などを辿って行って、最終的にはロサンゼルスにあるイスラエル人社長が経営する宝石ビジネスを行っている会社の広告部門に「フォトグラファー」として入社することができた。これが、私にとって最初の職務経歴となる。
入社はしたけれども、私が持っている就労ビザは1年しか使えない。企業がスポンサーになってくれれば3年延長することができるが、それも2回まで。つまり7年以内にグリーンカードの抽選に当たるかアメリカ人と結婚して永住権を手に入れなければ、結局自分の国に戻らなければならなくなる。
そんなわけで、先が見えない不安をかかえ、将来に進むべき道を模索しつつ、当時の私は暇があればずっと文章を書いていた。人生の暗闇の中で、書くということによってかすかだが灯りが見えるような気がしたのだ。妄想の中にしか存在しない偽物の希望でも、まったくなにもないよりはまし。書くことによって、絶望の中でもかろうじて夢を持ち続けることができた。
フリーライティングのその後
日本に帰国してから僕は地元のインターネットサービスプロバイダーに就職して、改めて社会人としてのキャリアをスタートした。ロサンゼルスでは、就労ビザを延長することはせずに、1年で日本に戻ってきた。どうせいつか日本に戻ることになるのであれば、早い方がよいだろうと判断したのだ。そして、日本で海外をつなぐグローバルな仕事ができればよい。
やがて、ウェブ制作を本業とするようになり、肩書もデザイナーからディレクター、プロデューサー、プロジェクトマネージャーと少しずつ変わりつつ、制作会社を何社か経験した後、現在は外資系の広告代理店でデジタルマーケティングやコミュニケーションの仕事に就いている。いろんな国のメンバーがプロジェクトに関わっていて、時差を超えてオンラインでミーティングをしたり、制作の進行をプロマネとしてサポートするという仕事を行っている。
一方で、写真や執筆は今でも好きなので、「日曜アーティスト」としての趣味の執筆や創作活動をずっと続けている。年末に冬休みを利用して9万字超えの本を一冊と、年始にホテルで自主的にカンヅメ状態になりながら2万5千字の本を書いてKindleで出版した。ブログを書いたり、SNSに駄文を流したりなどしつつ、たまに文章を頼まれたら寄稿するし、一時期はブロガーとしてイベントに参加したり、「書くこと」をテーマに勉強会を開いたり登壇もしつつ、旅ライターとして旅行をしながら写真や文章をまとめてウェブメディアに記事を書いたりなどもしていた。単純に、書くことが好きなのだ。
頭の中を整理したり、学びを記録したり、プロジェクトを立ち上げて目標に向かって進む時なども、書く力が役に立つ。ペンと紙だけあればすぐに書けるし、今だったらスマホでも隙間時間に書くことができる。というわけで、今後もずっと人生を楽しみつつ、新しいことを学びつつ、ずっと書き続けようと思う。
読書会の後
「はい、では読書タイム終了です」の声がかかり、みんないったん本を閉じた。約45分間、本の世界に没頭した。『自分の「声」で書く技術』という本は、「フリーライティング」がテーマのひとつであったが、書かれている内容はそれだけでなく、書いた内容を熟成させ成長させる「グローイング」や、相互作用によって化学変化のように調理する「クッキング」などといったことも書かれていた。続きが読みたくなったので、その本を購入して、その週のうちに最後まで読んだ。
その流れで、1973年のファーストエディションの原書も読みたくなったので、図書館の横断検索や海外の古書店などを調べたりしつつ、最終的にはウェイバックマシンのサービスを提供するアーカイブの会社が提供するオンライン図書館にあるのを見つけて、英語で読んだ。19歳の自分にきっかけと影響を与え、その後の「書く」ということへの取り組み方を大きく変えてくれたこの『Writing Without Teachers』という本。それを読んだら、無性に当時の先生に報告したくなった。久しぶりに、先生のプロフィールページにアクセスしたら、何年か前に病気でお亡くなりになっていたことをその時はじめて知った。
編集後記
1月から3月にかけて、「ぐるっとパス」を使って都内近郊の美術館や博物館など35か所を訪れた。今回はそれについて記事を書こうと思っていたのだが、書き始めてみたら話題がフリーライティングの方にずれていって。結局それをテーマに文章を再構成して完成させた。移動、異動、異同。今回のテーマになんとなく重ねつつ。
『宮松と山下』を観ました
奥野さんとゆうせいさんが今月のEdge Rankでとりあげていた『宮松と山下』を僕も観てみました。面白い映画だった―。静かに淡々とストーリーが進んでいく感じとか、独特の「間」とか。引き込まれました。私の地元である長瀞のロープウェイなんかも登場して、「あ、私ここ今月行ってきたばかり」とか、ひとりでテンションが上がってました。主人公がエキストラとして撮影現場に参加するシーンなど、私も昨年あたりから趣味で週末に映画やMVのエキストラをやっているので、撮影前後の雰囲気であったりとかが「そうそう、こういう感じ」とか、共感できてうれしくなりました。ちょうど一昨日もフジテレビでエキストラをしてきたので、テレビと映画にまた映るかも、映らないかもといった感じです。もともと映画が大好きなので、それをつくる過程を裏側から見られるのが楽しいのです。
こちらのMVにエキストラ出演して、エンドロールに名前を載せてもらってます!
GReeeeN - グリンピース
https://www.youtube.com/watch?v=pKENftPOWGU
ATARASHII GAKKO! - Tokyo Calling (Official Music Video)
https://www.youtube.com/watch?v=pHMH408ltEM
作品展に参加しています
今月は、「日曜アーティスト」として、いくつか公募作品展にも参加しているので、よろしければ足をお運びください。
『Book Lovers』展
https://www.mo-to-ya.com/gallery/
日程:2024年3月7日(木)~3月31日(日)
営業時間:木曜日~日曜日 13:00~20:00(L.O. 19:30)
場所:MOTOYA Book Cafe Gallery
住所:東京都渋谷区初台2-24-7
文房堂『第二回 極小版画コンテスト』
http://www.bumpodo.co.jp/
日程:2月15日(木)~3月29日(木)
※来場者投票は3月10日まで
時間:10:00~18:30
場所:文房堂
住所:東京都千代田区神田神保町1丁目21-1
今月は書きたいことがいろいろあったので、編集後記のあとに少し文章をつけたしました。他にも、ぐるっとパスで訪れたお勧めの美術館や、みんなで上野でスケッチ散歩をしたこと、週末にフジテレビでエキストラをしたことなど、書こうと思えばいくらでも書けるのですが、きりがないので今月はこのへんで。
今回もお読みいただきありがとうございました。
次号は、「東京散歩ぽ」の中川マナブさんです!