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背伸びしてワンランク上に進学しても意味がない理由

 こんな記事がありました(有料記事)。

 難関校に進学しても、その中で成績が下位の生徒たちはモチベーションが下がり、学力が低迷してしまう傾向があることが知られています(俗に「深海魚」と言われています)。欧米では既にそれを確かめる大規模データ分析が行われており、学校内での相対的な順位がその後の学力を有意に予見するという結果が出ています。この記事は、それを日本のデータでも確かめることができたとするものです。
 学校内の順位が高いほどその後の学力にポジティブな影響があります。逆に順位が低いとネガティブな影響があります。ということは、背伸びをして身の丈に合わない「ワンランク上」の学校に進学することにはリスクがあることになります。
 しかし、上の記事にコメントを付けている教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏はこの研究結果に噛みついています。どうにかして「ワンランク上」を目指す中学受験を擁護したいようです。これは受験業界のポジショントークでしょう。下記は塾講師の方の印象的なツイートです。

 塾業界の人たちは「上の高校に行くことが極めて重要だ」と熱心に言います。しかしその根拠は曖昧なものです。科学的なエビデンスはありません。むしろ、本当は逆のエビデンスの方が存在するのです。論文はこちらです。

論文PDF 日本における「小さな池の大魚効果」(公益社団法人 日本経済研究センターHP)
https://www.jcer.or.jp/jcer_download_log.php?f=eyJwb3N0X2lkIjo5NTY0NiwiZmlsZV9wb3N0X2lkIjoiOTU3OTIifQ==&post_id=95646&file_post_id=95792

 学校内での相対順位が高いとその後の教育達成にポジティブな影響を及ぼすことを「小さな池の大魚効果」と呼びます。逆に相対順位が低い生徒については、社会学でいう「相対的剥奪」という言葉で説明できます。「相対的剥奪」とは、他人と自分を比較して不満や欠乏の気持ちを抱くことを指します。本研究では、相対順位によって自己肯定感にかなり明確な影響が現われることを確認し、それが学習効果に影響を与えるという結論を得ています。
 要するに、優れた友人から受ける影響は「良い」影響だという保証はないということです。優れた友人と交流した結果、自分が相対的に下位であると認識した生徒はかえって学力が下がってしまう可能性があります。優れた友人から良い影響を受けられるのは、その集団で上位20%の学力を持つ生徒たちであるとのことです。

 別の研究になりますが、みんな大好き成田悠輔の研究もあります。米マサチューセッツ工科大のヨシュア・アングリスト教授らとの共同研究です。

 成田による解説を引用します。

この街には入学が難しい有名公立高校が10校ほどあります。これらの学校にギリギリで合格した生徒と、ほんのわずかに点が足りず不合格となった生徒のその後を比べます。ギリギリで受かるか落ちるかは偶然に近いと考える自然実験です。
両者の米国版センター試験の成績を比べたところ、有名校に入っても普通の高校に入っても違いがないことがわかりました。有名校の生徒はその学校のおかげで成績優秀なのではなく、そもそも成績優秀な生徒が有名校に入っているだけ、という残念な結論です。

 背伸びをしてワンランク上の学校に進学しても、学力は変わらないということです。優れた学校環境が生徒の学力を伸ばしてくれるということはありません。むしろ、上述したリスクによって学力が下がってしまう可能性があります。

 進化心理学によれば、人間は自分が所属する集団の中でアイデンティを作っていくものだそうです。周りに自分より勉強のできる人が沢山いるなら、自分はそれ以外のところで個性を発揮しようと考えるのは進化的に自然な心理だといえます。なので、「君は校内順位は低いけど全国平均よりはずっと上なのだから勉強を頑張ったほうがいい」と言っていくら励ましても、なかなか難しいものがあります。

 これらのエビデンスから言えることは、進学してもその後苦労するような学校をあえて選択する必要はないということです。上位20%とは言わないまでも、十分に付いていける見込みのある学校に入るのが合理的だと言えるでしょう。受験勉強はもちろんベストを尽くしたほうがいいですが、ベストを尽くして学力を上げたうえで、ゆとりをもって受験校を選択すればよいということなのではないでしょうか。

 この件について一番メディアで発信しているのは慶応大学の中室牧子教授ですので、関心のある方は検索してみることをお勧めします。

関連動画
中室牧子教授がまさにこの研究について語っています。

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