頭を下げられる回数
人生で、人が頭を下げられる回数には上限があるのかもしれない。
私が勤めるオフィスビルのエントランスには警備員がいる。深い紺色の制服を着て、エレベーターホールの入り口に立っているのだ。
警備員は、どのフロアに勤める誰が通ろうと、必ず「お疲れ様です!」と言って頭を下げる。それも含めての仕事なのだろう。
おや、と思うのはその挨拶を受けたサラリーマンのおじさんたちだ。
彼らはどうにも挨拶を返さない。
年齢が上がれば上がるほどそれは顕著で、会釈を返す人などほとんどいない。どこに行こうというのか、いそいそとした足取りで、肩を怒らせ、しかめつらをして通り過ぎていく。
頭を下げないおじさんは多い。
エレベーターの「開」ボタンを押してくれている若いお姉さんにお礼が言えないし、廊下ですれ違った自分より若い部下に会釈されてもせいぜい頷く程度が限界だ。
もしかすると、彼らはもうこれまでの社会人生で頭を下げすぎたのではないか。頭を下げられる上限数というものが決まっていて、すでにそこに差し迫っているのではないか。きっといざという時に取っておくために、無意識に節約しているんだ。
今日も老齢の警備員が「おつかれさまです!」と頭を下げる。
このオフィスに勤める誰よりも年上の彼は、もう上限を突破したのだろう。
「おつかれさまです!」
自分より半世紀も若そうな人にだって頭を下げる。その制服姿の背中はピシリと伸びていて、わたしはいつも感心してしまう。
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